(20)「彩香、『落ちた』というより『消えた』…」
検察側はさらに、逮捕後にきつい取り調べを受けたという弁護側の主張について切り込んでいく。
検察官「7月6日、逮捕されてから初めて、橋から落としたと話した日、取り調べの刑事2人に『うっかり落とした』と言っていたが、覚えているか?」
鈴香被告「思い出したばかりで、混乱していて…。フロア中に響き渡るような声で泣き叫んでいたので、どういう調書を取って、どういう答えをしたのか覚えていない」
検察官「(足が)滑ってしまい、抱っこしていた彩香ちゃんを離してしまったと言っていなかったか?」
鈴香被告「言ったかもしれない」
検察官「事実と違うが、どうしてそう話したの?」
鈴香被告「わからない」
検察官「少なくとも、わざとではなく、うっかり落としたと話しているんだよね?」
鈴香被告「はい」
検察官「足が滑ったというのはどこから?」
鈴香被告「コンクリートがあったので、そこに足をかけたんじゃないかと刑事に言ったら、そこには人は上れないよ、と言われた」
検察官「それで?」
鈴香被告「それで、じゃあ違うんだということになり、刑事さんから『ああじゃないか』『こうじゃないか』と言われた」
検察官「どうして滑ったという話になったのか?」
鈴香被告「『滑ったんじゃないか?』と言ったら、じゃあそれで調書作ろうと」
検察官「あなた、そのときどこまで思い出していたの?」
鈴香被告「彩香とふたりで橋にいたこと、尻もちをついて彩香がいなくなったこと、その程度」
検察官「落ちたことは思い出していないの?」
鈴香被告「はい。落ちたというより、消えたという印象が強かったので」
検察官「過失で、誤って落ちたということになるよね?」
鈴香被告「はい」
検察官「落とした瞬間、助けを呼ぼうという考えはなかったのか?」
鈴香被告「尻もちついて、めまいとかして…。何がなんだかわからなくて、1人で来たんだと思いこんでしまって…」
検察官「あなたを診察した医師が、『そんな瞬間的に健忘が起きることはありえない』と言っていたが、それは知っている?」
鈴香被告「はい」
検察官「でも、そのありえないことが起きたという主張なんだね?」
鈴香被告「はい」
検察官「その夜、検事調べで、訳がわからない調書を取られたんだね?」
鈴香被告「はい」
検察官「翌日以降も、調書取られているが、訳がわからなかったのか?」
鈴香被告「気づかなかった。翌日になって刑事さんに、前日の検事調書に『殺した』と書いてあると言われ、そのとき初めて気が付いた」
検察官「殺すつもりで落とした−という調書を作った。なぜ?」
鈴香被告「検事さんに逆らえなかった。警察の人に、『検事さんの調書にサインできて、警察にはできないのか』と言われた」
検察官「弁護士にはそういうことは話さなかったの?」
鈴香被告「覚えていない。ただ、出された調書全てにサインと指印を押したのは覚えている」
検察官「弁護士に相談したかも覚えていない?」
鈴香被告「はい」
検察官「理不尽だとは思わなかったのか?」
鈴香被告「したくないのに、なぜサインしなきゃいけないの、と」
検察官「サインしちゃいけないとわかっていたよね?」
鈴香被告「はい」
検察官「弁護士に言ったかどうか、覚えていないの?」
鈴香被告「はい」
ここで、弁護側が割って入った。
弁護人「裁判長、いいですか? 模型を使わないのであれば、圧迫になるので、片づけて、ちょっと休廷をお願いします」
申し入れを受け裁判長が休廷を告げると、鈴香被告は証言席から長いすにゆっくりと移った。午後4時4分。傍聴席の母親をチラリと見て、具合が悪そうな様子で退廷した。