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(22)「本当にKEIKOは私の懐具合を知りませんでした」

小室被告の供述調書の読み上げが続く。いったん始まった転落は、とどまることがなかった。

検察官「私にはプロデュース印税の収入がありましたが、他の収入とあわせても借金の利息を支払うのが精いっぱいの状態。前妻による著作権の差し押さえの後は金融機関に融資を依頼しても、かなわなくなりました。さらに前妻が私の窮状をマスコミに告白し、風評を立てられて資金繰りは一層やりにくくなりました。前妻には慰謝料の減額を申し入れたものの、この調停も流れてしまいました」

自身が供述した前妻への“恨み節”を、前を向いたまま聞き入る小室被告。時折、小刻みにうなずくようなしぐさも見せた。

検察官「そうした中、トライバルキックスの社長らが被害者に融資を依頼しました。融資は断られたとのことでしたが、『著作権を10億円で』という話が入ってきました。平成18年8月末までに5億円の資金をつくらなければ完全に破綻(はたん)するという状況に追い込まれていた私は、被害者にうまく話を持ちかけることで、何とかしのがなければなりませんでした。そこで18年7月にホテルで被害者と会う前に社長や木村被告と相談して、第三者がすでに著作権を持っていることを知れば被害者がお金を出さない懸念があったので、事実を黙っていることにしました」

ついに詐欺に手を染める覚悟を固めた小室被告。調書はさらに続く。

検察官「ホテルで被害者と会った際には、私を信頼のおける人物と思ってもらうために財界人ら幅広い人との交流関係があることを話し、早急に前妻に差し押さえを解除してもらうことも話しました。被害者は『分かりました。10億円で買わせてもらいます』と言ってくれました。8月には銀行などへの返済期限が迫っていたので、1億5000万円を取り急ぎ支払ってほしいと頼みました。8月7日には再度ホテルで被害者と会う機会を設定し、よりいっそう私を信頼してもらい、被害者以外に頼る人はいないのだという意味を込めて、私がピアノで作った『ディペンデント』というタイトルの曲をCDにして渡しました。その後、被害者から1億5000万円の送金を受けて、借金の返済に充てました。806曲の著作権を譲るという書面を取り交わし、8月末には3億5000万円の振り込みも受けました」

まんまと5億円を受け取ることに成功した小室被告だったが、ほどなく事実が露見する。そこから“塀の中”へと落ち込むのは、すぐのことだった。

検察官「被害者は806曲を譲り受けることができると信じ切っていたからこそ、5億円もの大金を振り込んだのです。しかし次第に事態が進展しないことにいらだち、被害者は私の知人やKEIKOの実家にまで電話し、善処するよう要請してきました。本当にKEIKOは私の懐具合を知りませんでした。KEIKOには『大丈夫だ』と答えていましたが、被害者は私を詐欺罪で告訴すると言ってきました。告訴されてマスコミに知られたら、芸能人として身の破滅だと怖くなりました。弁護士に相談したところ、『裁判を起こして被害者の動きを止めた方がいい』と言われました。KEIKOやKEIKOの実家には知られたくなかったのです。私は裁判を起こし、当然被害者も反訴されました。何度か円満解決を図ろうとしていた被害者の逆鱗に触れてしまったのです。借りた5億円と慰謝料1億円を加えた6億円を支払うことで和解が決まり、900万円を払いましたが、それ以上は支払えませんでした。それで刑事告訴され、11月4日に逮捕されることになりました。思い返すと、それから17日たちました。現在の心境をまとめましたので、提出します」

小室被告自らが記した書面を朗読する検察官。自分の暴走を列車にたとえてこの10年間を振り返り、再起を誓う内容だった。

検察官「私、小室哲哉はまもなく50歳になります。40歳になるころ、100万人コンサートにキーボードプレーヤーとして参加しました。10年後に皆様に迷惑をかけ、大きな罪を犯すことになるとは思ってもみませんでしたが、そのころから、1人の音楽家というレールから、車輪が狂ったようにもう1本のレールをたどっていました。それは計画性のない、不まじめなレールでした。リフレインされている、暴走しかすべのない列車。客席は空席だらけになり、皆様にブレーキをかけていただいて、虚構の列車はやっと止まりました」

検察官「もう1本のレールはあまりにも遠くに行ってしまい、今、私は拘置所で生活しています。社会への甘えや思い上がりがありました。被害者の方の希望、夢をお返ししなければならないと思います。私は自分の楽曲の中で『チャンス』というフレーズを何度も使ってきましたが、その重みを理解しました。チャンスを与えてもらえないでしょうか。音楽を作らせてもらえないでしょうか。必ず新しい音楽をお見せすることを誓います。11月20日 小室哲哉」

表情を変えず、じっと聞き入る小室被告。再び調書が読み上げられる。

検察官「自分がやってきたことを思い返し、後悔するとともに日々反省することばかりです。裁判の結果を真摯(しんし)に受け止め、1人の音楽家として、多くの人に喜んでいただける音楽作品を作り出していきたいです。2度とこのような犯罪に手を染めないことは当然です。被害者や関係者に深くおわび申し上げます」

検察官「乙5号証は以上です。6号証、7号証の内容は、すべて冒頭陳述に記載してある通りです」

検察官による証拠の要旨の告知は終了した。

裁判長「長時間、ご苦労さまでした。それでは検察側の立証は終了し、弁護側の立証計画をうかがいたいと思います」

弁護人「3月12日の次回公判では情状証人2人ないし3人を予定しています。その次の期日は被告人質問で、事実関係に争いはないので、被告の更生の可能性や、被害弁償ができていればそのことを述べたいと思います」

裁判長「では次回3月12日は午前10時から12時まで予定しておきます。被告人、3月12日午前10時にこの法廷に出廷してください。傍聴席はそのままで、被告人、退廷してください」

弁護人2人の間に座っていた小室被告は立ち上がり、傍聴席に軽く頭を下げて出入り口へ。ドアを開けて出る際に再び頭を下げて退廷した。

⇒第2回公判