(4)彩香ちゃんが被告に自己変革を要求した?
引き続き、西脇巽鑑定人に対する弁護側の尋問が続く。鑑定人は、鈴香被告は、彩香ちゃんの転落後の記憶について無意識レベルで健忘していたとの考えを述べ、事件前後の記憶を完全に思い出すことは「不可能」との判断を示す。
弁護側は、鈴香被告が記憶を失っているにも関わらず、橋から落ちた彩香ちゃんを捜索しなかった行動の不自然さを、鑑定人が指摘したことについて反論。鑑定人に見解を求める。
鑑定人「無意識で覚えていることと、無意識でも覚えていないこともある。(鈴香被告が)橋の上での出来事を思い出すことは不可能と思う」
弁護人「彩香ちゃんを探さなかったことは健忘と矛盾しないのでは?」
鑑定人は苦笑を浮かべながら答える。
鑑定人「んー…。何ともいえない。(彩香ちゃんを)見殺しにしたことが事故ならば、(彩香ちゃんを)探しただろうという不自然さはある。事故(で彩香ちゃんを失ったと)の思いと(心中未遂で)殺したことの辛さを忘れたいという思いを比較したら、後者の方が強い」
弁護人「忘れたいという心理について。殺意を持って意図的に殺したのなら、それを忘れたいというのは考えにくい」
鑑定人「逆に『自分が殺意を抱いたことを忘れたい』という思いが強いと思う」
弁護人「彩香ちゃんを橋の欄干のうえに上げて、誤って落下させた。その罪の意識から逃れたかったとは?」
鑑定人「それも整合性があるが、(事件の)全体の流れからそうは思えない」
弁護人「身内を事故や災害で失った人が健忘することはあるか?」
鑑定人「(患者で)経験したことはないが、不思議ではない」
質疑は、鈴香被告が彩香ちゃんとの接触を拒んだ理由に移る。鑑定人は、弁護側が主張するような人に触れられるのを極端に忌避する精神的な障害はなかった、との見解を示した。
弁護人「(鈴香被告の)スキンシップ障害について聞く。鑑定人は『問題ない』としているが、その根拠に(鈴香被告が)公判で『もう一度、彩香を抱いてあげたい』と述べ、矛盾していると。だが、罪を悔いて抱いてあげたかったからでは?」
鑑定人「初公判の印象ではそうではなく、『できるなら抱いてやりたい』と理解した」
弁護人「通院仲間にも『触りたくない』などと言っているが?」
鑑定人「首尾一貫して抱いてあげなかったとは思わない。時と場合によってはあるだろうが」
弁護人「一般的に、母親が子供へのスキンシップを困難に思うことはあるか?」
鑑定人「色々な人がいるから。同じ人でも常時(そう思う者)から時折か考えなければならない」
弁護人「(鈴香被告の)『絶対触らないで』という証言は分裂病(統合失調症)質人格障害か?」
鑑定人「それは人格障害と関係ない。あまりしつこく付きまとわれたら誰でもそう思う」
続いて弁護側は、大沢橋の上で、鈴香被告が彩香ちゃんを「怖い」と感じていた理由を問う。鑑定人は当時の彩香ちゃんの行動から、「推測」を語る。
弁護人「鈴香被告は彩香ちゃんを怖いと。『自分の自由や希望を奪うので怖かった』と供述している。そう思うか?」
鑑定人「思わない。『怖い』には深い意味があると思う」
弁護人「彩香ちゃんの『普通の母親になってほしい』という自己変革への(恐れという)見解か?」
鑑定人「(彩香ちゃん)事件の4、5日前、彩香ちゃんが『学校に行きたくない』と予想外のことが起きる。そのころ、彩香ちゃんが友達の家に行っている。自分の母と友達の母の違いが分かり、彩香ちゃんの心に矛盾、葛藤が生まれる」
弁護人「彩香ちゃんが鈴香被告に自己変革を要求したと?」
鑑定人「推測です」
弁護人「『怖い』に関連して。(鈴香被告の)『自分の子に対して何をするか分からず怖い』という調書をどう思うか?」
鑑定人「強く感じない。彩香ちゃんへそういう気持ちが生じても、それは一般的なこと」