(3)鑑定人の見方は…「心中未遂?」
弁護側は、彩香ちゃん転落後の畠山鈴香被告の症状について触れた。やり取りは専門的な学問分野の話が多くなってきた。
弁護人「心因性の健忘症が発生するときに、めまい、立てない、ふるえる、といったヒステリー症状のような状態になることがあるか?」
鑑定人「そういった症状が表れても不思議ではない。ただし必須の条件でもない」
弁護人「つまり、ヒステリー状態が出ても、矛盾はしないと?」
鑑定人「(そういった症状が)出る場合もある」
弁護人「健忘症状の時に『忘れた』ということ以外の症状は起きる?」
鑑定人「健忘していないとできることが、できないということがある」
弁護人「忘れるという行為には、記憶を抑圧するためのエネルギーが必要か? 抑圧自体がストレスになったりもするか?」
鑑定人「あるだろう。無理をしているために疲労が生じる」
弁護人「無理やり、健忘から脱せられる時はどうなる?」
鑑定人「苦しむ。苦悶(くもん)状態になる。ただ私はそういったケースに接したことはないが…」
鑑定の信憑(しんぴょう)性にも話は及ぶ。弁護側の質問は詐病をどう見分けるのか、という「難問」へと向かう。鑑定人は、専門家としての「カン」などと答えるが、どうも歯切れは悪い。
弁護人「心因性健忘症と詐病をどう見分けるのか?」
鑑定人「見分けるのは難しいことが多い。ただ、詐病は話の一貫性という部分で揺らぐから。ただ、判別のつかないケースも多く、鑑定医がだまされたことも過去にはある」
弁護人「詐病の指標は?」
鑑定人「100%これというのは…。臨床した際の『カン』と言うほかは…」
弁護人「鈴香被告の健忘症が詐病ではない根拠は?」
鑑定人「彩香ちゃんの転落直前から、家に帰るまでの思い出について、首尾一貫して返答がない。転落の際の供述も『突き落とす』『押した』などと色々あるようだが、きちんと覚えていれば答えられるのではないか。被告は、聞かれた人に『こうなのではないか?』と問われると否定ができないようだが、やはり記憶にないからこうなる。当時の状況が分からないということでは一貫している」
そして、鑑定人はこう推論した。
鑑定人「当時の被告は記憶力が低下していたと感じる。つまり、記憶したものを忘れたのではなく、記憶する能力自体が衰弱していたのではないか」
弁護側は、鈴香被告が、彩香ちゃん転落への関与を明らかにした当時の状況について尋ねる。
弁護人「鈴香被告が彩香ちゃんの転落について話し始めたのは、逮捕後の平成18年7月6日から。そのときの様子を資料で読んだか?」
鑑定人「目を通した」
弁護人「思いだす直前に頭を抱えて突っ伏したとある」
鑑定人「無理やり思いださせられたときの症状だと思う」
弁護人「先生の回答書では、彩香ちゃん転落の反応で、一気に健忘になったということだが、根拠は?」
鑑定人「関係調書を読んで判断したので、根拠といっても…、そう理解するしかないのでは…」
弁護人「予想しないことに遭遇して、驚愕し、健忘症になったのか?」
鑑定人「難しい判断だが、私の本件に関する判断は心中未遂。お子さんを落として『次は自分も死なないと』となった瞬間におかしくなったのでは。子が転落したのは、意図していたとしたら驚愕することはないが、実際に自分も死ななければ、と思うと正常でいられなかったのではないか」
弁護人「予期しない驚愕の事実ではないが、それに近い状態だったと」
鑑定人「はい」