(1)「包丁の柄にふきん巻いた」荒い息づかい、突然なまる咲被告
義妹の五味絵里子さん=当時(24)=に対する殺人の罪に問われた五味咲被告(24)の第2回公判。長野地裁松本支部の庁舎改修に伴い、初公判で使われた1号法廷より、一回り小さい2号法廷に場所を移して開かれることになった。
咲被告は長い髪を後ろで結んでいる。灰色のトレーナーの上に黒い上着をはおり、黒いジャージーを身につけており、背中を丸めておどおどしたような印象だ。午後1時3分、荒川英明裁判長が開廷を告げる。
裁判長「話しにくいこともあるかもしれないが、量刑を決める重要な資料になるからしっかり答えてください」
男性の検察官が立ち上がった。前回、時間切れで打ち切りとなった被告人質問で、検察官はメールによるアリバイ工作や、殺害に使った軍手やひもの準備方法などについて聞き、計画性や証拠隠しの意図があったことを立証しようとした。検察側はこうした点を攻めることで、争点となっている『責任能力』の立証につなげたいようだ。
検察官「被害者を殺害してから、車に1人で移動させようと思っていた?」
咲被告「はい」
検察官「1人で運べると思った根拠は?」
咲被告「…」
検察官「質問の意味は分かる? 重いと思うんだけど、運べると思った理由は?」
咲被告「特にない」
検察官「考えていたことを教えて」
咲被告「…自分で…運べると思った」
沈黙している最中、座りながらおなかを押さえ、体を揺らす咲被告。息は荒く、妊婦が陣痛に苦しんでいるような感じだ。検察側は仕方なく答えを誘導する。
検察官「『介護士の専門学校に通って寝たきりの人を起こす訓練をしていた』と取り調べで話していたようだが、そういうことか?」
咲被告「はい」
検察官「19年10月下旬から殺害を考えたということだが、ご主人や娘さんに迷惑をかけると思わなかった?」
またも激しく体を前後に揺らす咲被告。苦しそうに言葉を搾り出す。
咲被告「いなくなれば…普通の生活ができると思っていた」
検察官「殺したい気持ちと、迷惑をかけるという気持ちの葛藤(かっとう)はあった? 葛藤ってわかる?」
咲被告「はい」
検察官「葛藤はあった?」
咲被告「はい」
「はい」ばかりの咲被告に対し、裁判長は「返事かもしれないから、できれば『はいそうです』とか言ってください」と注文を出す。
検察官「殺害当日、午前中にスーパーで買い物したものを車のトランクに入れっぱなしにした?」
咲被告「はい」
検察官「なぜ?」
またも激しく体が揺れ出した咲被告。検察側は15秒ほど待ったが、答えはなかった。
検察官「理由を教えて?」
咲被告「…アリバイになると思って」
検察官「どうすればアリバイになると思った?」
咲被告「家に帰って、買ったものを主人に見せればアリバイになると思った」
検察官「犯行直前に、ご主人に『ガソリンを入れて帰る』と言った?」
咲被告「はい」
検察官「うそですよね?」
咲被告「はい」
検察官「なぜうそをついた?」
咲被告「…アリバイ」
検察官「ご主人には、ガソリンを入れて帰ったと見せかけるため?」
咲被告「はい」
検察官の質問はいよいよ凄惨(せいさん)な犯行の状況へ。初公判で被告人質問を行った弁護側は、この場面についてほとんど質問していない。咲被告は動揺し、沈黙や体を揺らす場面が多くなる。
検察官「まず被害者の家の玄関に入り、金づちをバッグから出した。すぐ居間に行った?」
咲被告「できなかった」
検察官「なぜ?」
咲被告は15秒ほど沈黙する。
検察官「気持ちね。すぐ行けなかった理由は?」
咲被告「どきどきしてて…行けませんでした」
興奮しているのか、急に強くなまった。
検察官「殺す場面になって怖くなった?」
咲被告「はい」
検察官「そのあと、玄関のバッグにひもを取りに行っている。そこで内カギをしめた?」
咲被告「はい」
検察官「なぜ閉めた?」
咲被告「だれかが来たら困ると思って…」
検察官「自分が犯人と分かると?」
咲被告「はい、そうです」
再び強くなまった。
検察官「首に刺した包丁は台所の下の棚から出した?」
咲被告「はい」
検察官「軍手はしていた?」
咲被告「…つけていなかったと思う」
検察官「包丁は直に持った?」
咲被告「ふきんを柄に巻いて持った」
検察官「どうして?」
咲被告「指紋がつかないように」