(9)ネットの人間関係より「現実の関係のほうが重要と気づいた」
事件当時の加藤智大(ともひろ)被告(27)の心境について、弁護人による被告人質問が続く。当時を振り返りながらていねいに答えた。
弁護人「最後に(事件を起こす)一線を越えたのはなぜですか」
加藤被告「やらずに済む方法を考えていたが、見つかりませんでした。事件を起こすしかないと考えたのだと思います」
弁護人「あなたはこのとき、家族をどのような位置づけで考えていましたか」
加藤被告「実質は他人状態でした」
弁護人「高校時代や職場の友人が、事件を起こさないための存在にはならなかったのですか」
加藤被告「平成19年に青森を飛び出し、向こうの友人らには迷惑をかけないようにしていましたし、(自分が働いていた)関東自動車工業での職場の友人は離れてしまい、友人ではなくなっていました」
弁護人「物理的な距離があっても友人ではないのですか」
加藤被告「一般的にはそう理解できるのかもしれませんが、私にとっては一緒にいる時間が親しさの基準であり、一緒にいた人に会う頻度が月一度や2〜3カ月に一度となると他人同然になります」
加藤被告に対し敬語で質問していた弁護人が、くだけた口調で話しかける。
弁護人「将来の夢や希望を考えて思いとどまることはなかったの?」
加藤被告「夢はありましたが、事件当時は忘れていました」
弁護人「夢とはなんですか」
加藤被告「事件を起こして他人さまの夢を奪って、私が夢を語るのは申し訳ありませんが、将来はカート場の経営を考えていました」
弁護人「小さいころから車が好きだった影響ですね」
加藤被告「はい」
弁護人「どうして事件当時は忘れていましたか」
加藤被告「仙台の警備会社に勤めていたころまでは覚えていましたが、そのころに始めたインターネットの掲示板にのめり込んでしまい、忘れたのだと思います」
弁護人「今、掲示板の人間関係についてどう考えますか」
加藤被告「当時は重要と思いましたが、2年くらいネットから離れた今は現実の人間関係が大事と気づきました」
弁護人「掲示板に依存していた生活をどのように振り返りますか」
加藤被告「のめり込まず、趣味程度にしておけばよかったと思います」
弁護人「今気づいたことをどう思いますか」
加藤被告「気づけずにいたことを申し訳なく思います」
加藤被告は前を見すえたままよどみなく答え続ける。弁護人は被害者への気持ちの質問に移った。
弁護人「亡くなった方やご遺族、けがをされた方に対しどんな気持ちですか」
加藤被告「自分の目的のために理不尽な事件に巻き込んでけがをさせてしまったり、殺してしまったり、周囲の方を悲しませてしまったりして本当に申し訳なく思っています」
弁護人「被害者はあなたのことをどう思っているでしょうか」
加藤被告「くだらないことを聞いてつらくなり、(事件から)2年が経って怒りが再燃しているのではないかと思います」
弁護人「(被害者らが)納得すると思いますか」
加藤被告「とても受け入れられるものではないと思います」
弁護人「事件を正当化するつもりはありますか」
淡々と質問に答えていた加藤被告だが、ここで言葉につまり、一瞬言いよどみ、こう続けた。
加藤被告「それはないです」
弁護人「母親との関係について裁判で話をしたことがありましたが、どうしてですか」
加藤被告「事件原因の一つではないかと思い、ありのままを話そうと考えました」
弁護人「あなたの話で遺族や被害者の方はどう思われるでしょうか」
加藤被告「かわいそうな自分をアピールしているだけと受け取られ、不愉快になられたのではと思います」
弁護人「事件について記憶にない部分もあると話しましたが、それを遺族はどう思われるでしょうか」
加藤被告「正直言って、そんなことないだろうと思われていると思います。思い出せるところは思い出して、思い出せないところは努力しましたが、現状では精一杯です」
弁護人「(事件を)派遣切りのせいとかにはしようと思いませんでした?」
加藤被告「考えたこともありましたが、犯人としてありのままを話することが義務だと思っています」
弁護人「それは裁判の最初にあなたが話していたように真実を明らかにしたいとの気持ちですか」
加藤被告「はい」
弁護人「遺族の方が書いた手紙で、あなたがいい人を演じているとの話がありましたが…」
加藤被告「それはありません」
弁護人「ありのまま?」
加藤被告「はい」
事件の被害者1人1人に対する思いについて質問が移る。
弁護人「Aさんについてどう思っていますか」
Aさんは中村勝彦さん=当時(74)=や川口隆裕さん=当時(19)=らとともに加藤被告のトラックにはねられ死亡した被害者だ。
加藤被告「事件当時まだ大学生と聞いています。将来の夢や希望があり、理不尽に命を奪ってしまって申し訳ありません」
弁護人「川口さんに対しては?」
加藤被告「トラックではねたときに目が合ったことを思い出します。そのときのことが脳裏に残り、表情を思い出すと本当に申し訳ないです」
弁護人「中村さんに対しては?」
加藤被告「一族の中の父親のような存在だったと聞いており、理不尽なことをして申し訳ありません」
弁護人「Bさんに対してはどう思っていますか」
加藤被告「愚かなことをしました。精神的苦痛を与えてしまい申し訳ないです」
弁護人「Cさんに対してはどうですか」
A、B、Cさんと川口さんは仲のいい友人同士で、B、Cさんもはねられ、けがを負った。
加藤被告「Aさんと川口さんを殺し、BさんとCさんが生き残りました。精神的な苦痛を与えてしまい申し訳ありません」
弁護人「Dさんについてはどうですか」
加藤被告「私と同じ派遣社員と聞いています。おそらく社会やマスコミから好奇の目で見られ、二次、三次の被害を与えていると考えると申し訳ないです」
弁護人「Eさんについてはどう思いますか」
加藤被告「遺族の方がEさんの生前のことについて何も話をしたくないと言っているとうかがっています。そういうところに遺族の方の怒りを感じ、ただ申し訳ないです」
弁護人「Fさんについては?」
加藤被告「家族思いのよき父親と聞いています。お子様は学校へ行けなくなるほどのショックを受けたとのようです。申し訳ないです」
弁護人「△△さんに対してはどうですか」
△△さんは、加藤被告に刺され、重傷を負いながらも何とか一命を取り留めた。
加藤被告「刺された痛みで倒れ、病院でも痛みを訴えていたようで本当に申し訳ないです。その後、事件の真相解明のために活動していると聞いており、頭が下がります」
被害者の痛みや苦しみを語る加藤被告だが、動揺した様子は見せなかった。