(1)「たまたま目に入った人を刺した」 犯行のその瞬間
東京・秋葉原の無差別殺傷事件で殺人罪などに問われた加藤智大(ともひろ)被告(27)の第18回公判が30日午前10時前、東京地裁(村山浩昭裁判長)で始まった。3日目となる被告人質問だ。
29日の被告人質問では平成20年6月8日の事件当日、「自分の居場所がない。結局やるしかない」と犯行を決意し、トラックで現場の交差点に突入する直前の状況までを加藤被告が法廷で証言した。
今回は事件そのものの状況を法廷で初めて加藤被告本人の口から語られることになる。加藤被告はどのような思いを抱きながら、17人を殺傷するという前代未聞の犯罪を実行していったのか。被告人質問は大きな山場を迎える。
裁判長「被告が入廷します」
午前9時58分、傍聴席から向かって左側の扉から黒いスーツに白いワイシャツ、短髪にめがねをかけた加藤被告が法廷に入った。傍聴席に一礼すると、弁護側の長いすに座った。
裁判長「開廷します。被告は証言台の前の席に」
同9時59分、村山裁判長が開廷を告げ、加藤被告が証言台に移った。
29日までの2日間の被告人質問では、加藤被告がどのような環境で育ち、インターネットに依存していったのかや、犯行動機として挙げたネットの掲示板での嫌がらせ行為について詳細に語られた。その上で、嫌がらせ行為への対抗手段として、加藤被告が凶行を決意していくさまが明らかになっていった。
ただ、犯行前後の状況について「はっきりした記憶がない」とも述べており、加藤被告がどこまで犯行を詳細に語るのか注目される。
裁判長「昨日に続いて弁護人が被告にお尋ねします」
加藤被告「はい」
加藤被告ははっきりした声で答えた。あごにひげをたくわえた男性弁護人が立ち上がり、質問を始めた。
弁護人「きのうはトラックで4回目に交差点に進入した状況まで聞きました。きょうは事件の状況について聞きます」
29日の被告人質問では、加藤被告がレンタルしたトラックで、事件現場となった秋葉原の交差点に3度向かおうとしながらも躊躇(ちゅうちょ)し、4回目にようやく進入した状況を説明していた。
弁護人「4回目の進入前に覚えていることは?」
加藤被告「交差点の手前の細い道路から白い車が出てきて割り込む形で入っていったのを見ました」
弁護人「あなたはどうしましたか」
加藤被告「いったん減速しましたが、交差点に進入できるスペースを見つけ、再度加速して右から追い越しました」
弁護人「具体的には?」
加藤被告「一度は交差点へ向かう道がふさがれましたが、対向車線側にスペースがあり、追い越しました」
加藤被告はまっすぐ裁判長席側を見つめ、淡々と答えていく。
弁護人「そのとき、前に何人が見えましたか」
加藤被告「当時の記憶では2人並んでいたのが、見えていました」
弁護人「事件直後の取り調べではということですね。今は?」
加藤被告「記憶が1人になってしまっています」
弁護人「いま、2人を特定することはできますか」
加藤被告「おそらくAさんと川口さんだろうと思われます」
川口さんとは川口隆裕さん=当時(19)=のことで、Aさんとともに加藤被告が運転するトラックにはねられ、死亡した。
弁護人「衝突させてしまった2人以外の人については記憶がない?」
加藤被告「それは(記憶が)ないです」
弁護人「実際には5人衝突しているのには間違いない?」
加藤被告「間違いないと思っています」
加藤被告は川口さんら2人以外にも3人を次々はねたが、記憶にはないとの主張だ。
弁護人「2人にぶつかった後はどうなりましたか」
加藤被告「いったん記憶が途切れてよく分かりません」
弁護人「次に覚えているのは?」
加藤被告「どこからか分からないけど、トラックを自分が運転していて、とりあえず車を止めないといけないと思いました」
弁護人「はっとわれに返ったという意味ですか」
加藤被告「はい」
弁護人「その後どうしましたか」
加藤被告「ブレーキを踏んだが、スカッと踏みごたえがない。壊れたかと思いましたが、もう一度踏むとブレーキが利いてどこか分からないけど、トラックが止まりました」
弁護人「ぶつかった2人はどうなりましたか」
加藤被告「記憶がないです」
弁護人「交差点に入ってどうするつもりでしたか」
加藤被告「右折して歩行者天国に突入するつもりでした」
加藤被告は当初、休日で人がごった返す秋葉原の歩行者天国で無差別殺傷に及ぶ計画だった。
弁護人「なぜ、右折しないでまっすぐ行ったのですか」
加藤被告「自分でも分かりません」
弁護人「まったく記憶がない?」
加藤被告「はい」
弁護人「交差点の先に止まってその後は?」
加藤被告「最初は車が止まったものの、どうしたらいいか分からない状態で、体が動きませんでした」
「次はナイフだとふと、ひらめいたというか、思いだした感じで、頭に浮かびました。かばんからナイフを取り出そうとしました」
弁護人「その間どのくらいの時間がありましたか」
加藤被告「よく分からないが、数分あったと思います」
弁護人「ナイフは身にも着けていましたね?」
加藤被告「はい」
弁護人「3本?」
加藤被告「はい」
弁護人「なぜ、バッグのナイフを取り出そうとしたのですか」
加藤被告「どうしてかは分かりません。なぜかよく分からないけど、自然に手が向きました」
弁護人「それからどうしましたか」
加藤被告「さやからナイフを出してそれを持とうとしましたが、ナイフを出すことができず、体が固まってしまいました」
弁護人「ひっかかったのですか」
加藤被告「ひっかかったのではなく、心理的に体が意志に反して動かず、取り出せませんでした」
弁護人「その後、どうしましたか」
加藤被告「腰につり下げていたナイフを持って車を降りました」
弁護人「その後は?」
加藤被告「交差点方向に戻りながら走りつつ…」
これまで淡々と語っていた加藤被告の口調が急にゆっくりとなった。
加藤被告「当時の記憶の…白い服の人を…刺しました」
息をため、ためらいがちに被害者を刺した瞬間を口にした。傍聴席も息をのむ様子がうかがえる。刺した瞬間の証言に思わず、顔をしかめる傍聴人もいた。
弁護人「白い服の人とは誰のことですか」
加藤被告「Dさんのことだと思います」
Dさんは加藤被告に背中を刺され重傷を負ったが、一命を取りとめた。
弁護人「ナイフはどちらの手に?」
加藤被告「右手です」
弁護人「白い服の人を狙って刺したのですか?」
加藤被告「特に狙ったわけではありません」
弁護人「なぜ白い服の人を?」
加藤被告「えーっと…」
加藤被告にとまどいの色がみえる。
加藤被告「そのような言い方をすると非常に申し訳ありませんが…」
またも言いよどむ。
加藤被告「たまたま目に入った人を刺したといえます」
弁護人「どこへ行こうとしていたのですか」
加藤被告「何か考えていたわけではなく、歩行者天国に向かったと思います」
再び加藤被告は前を見据えたまま、事件状況を淡々と語り続けた。