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(6)姦淫の有無は量刑に影響しない

模倣犯の種をまいた

 この事件は、防犯設備の整ったマンションで忽然(こつぜん)と女性が消えた事件として社会を震撼させました。

 「東城瑠理香さんがマンション内のどこかにいるのではないか」。あるいは「防犯ビデオの死角から連れ出されたのではないか」などと報じられましたが、星島貴徳被告が逮捕され、死体を損壊してトイレに流し、マンションのごみ捨て場に捨てたことが明らかになったとき、社会は人が消されたことに著しい衝撃を受けました。特に1人暮らしの女性の受けた不安感は見過ごせません。マンションの居住者の中には、恐怖感、不安感から退去した人も現れました。

 この事件は、人を殺害しその死体を細かく損壊してトイレに流せば人を消すことができることを、社会に知らしめた面があります。模倣犯の発生が懸念され、次の同様の犯罪の種をまいたと言えます。

 そして、いかに注意していても被害者側からは絶対に防ぎ得ない事件の態様は、次に誰が被害者になってもおかしくない態様です。このような態様の犯行には一般予防の必要性が特に高いと言えます。

 東城さんの姉は証言の最後に「今、人を殺そうとか、誰かを犯してやろうとか犯罪をしようって考えている人、どうか思いとどめてください。幸せになりたいと思っている女の子の希望、夢、未来を奪わないでください。お願いします」と涙ながらに訴えました。この涙が無駄にされてはならないと考えます。

 量刑にあたっては、それをこの種の犯罪の再発を防止できるものにしなければなりません。

類似3事件は死刑を選択

 これまで論じたように、今回の事件は自己の性欲を満たすため、乱暴する目的で何の落ち度もない女性を略取し、警察が捜査を始めたことを知ると、捜査の手を逃れ、自らの生活や体面を守るためにその女性を殺害したものです。

 落ち度のない女性に対してわいせつ行為を行う目的で略取や誘拐をし、監禁した後、検挙を免れるためにその女性を殺害した事件については、これまでの我が国の司法は、被害者が1人であり当初から相手を殺害することを計画していない事件であっても、厳然と死刑を選択してきました。

 【前橋事件】

 平成16年10月29日に東京高裁が死刑を言い渡し、確定済みの、前橋市(旧大胡町)内で発生したわいせつ略取・殺人事件では、女子高生を拉致監禁して乱暴するとともに人質にして、児童相談所に対し、暴力や生活態度に愛想を尽かして逃げ出した妻や娘を連れてこさせることを要求しようと計画。道を尋ねるふりをして女性=当時(16)=を車に押し込み、山中まで連行して乱暴し、その後、逃げようとした女性の首を絞めて失神させ、その頭にビニール袋をかけ、コードで首を絞めて殺害したうえ、死体を山中に放置し現金と携帯電話を奪い、女性の親に生存を装って身代金を要求して、23万円を交付させた事件です。

 【奈良事件】

 18年9月26日に奈良地裁が死刑を言い渡し確定済みの、奈良県平群町内で発生したわいせつ誘拐・強制わいせつ致死・殺人・死体遺棄事件では、自転車に乗ってわいせつ行為の対象とする女児を物色し、甘い言葉をかけて小学校から帰宅途中の女児=同(6)=を車に乗せて部屋に連れ込み、全裸にして入浴させ胸を弄(もてあそ)び始めたところ、女児から拒絶反応を示されたため、検挙を免れるために女児を風呂水に沈めて殺害し、死体の口に陰茎を入れるため歯をサバイバルナイフでえぐり取り、死体を車で搬出して町道の側溝に遺棄したうえ、女児の親に死体の写真などを送りつけて脅迫した事件です。

 【三島事件】

 さらに17年3月29日に東京高裁が死刑を言い渡し、20年2月29日に最高裁が上告を棄却して確定した静岡県三島市で発生した逮捕監禁・強姦・殺人事件では、深夜に三島市内の国道を車で走行中、アルバイトを終えて自転車で帰宅途中の女性=同(19)=を、乱暴目的で車に無理矢理押し込み、車を走らせて約3時間に渡り監禁。山中に停めた車内で女性を乱暴した後、犯行発覚の恐れと覚醒(かくせい)剤仲間のところに早く行って覚醒剤を使用したいとの思いから、女性の殺害を決意。ガムテープを両手首に巻き付けて後ろ手に縛り、口にも貼り付けて路上に座らせ、頭から灯油を浴びせて頭髪にライターで点火し焼死させた事件です。

 これらは、いずれの事件でも、自己の性欲を満たすために無差別に選んだ落ち度のない被害者に対して、わいせつ行為を行う目的で略取または誘拐して監禁した後、検挙を免れるために相手を殺害したものです。

 それぞれ、被害者は1人で監禁後に被害者の始末に困って検挙を免れるために殺害したものであり、当初から相手を殺害することを計画していた事件ではありません。

姦淫をできなかっただけ

 前橋事件では、姦淫行為が既遂に達している▽余罪として住居侵入、強盗事件がある▽女性を殺害した後にその親に対して身代金を要求している−ことが今回の事件と異なっていますが、犯人に前科がないことは共通しています。

 奈良事件は、わいせつ行為に及んでいる▽犯行後に女児の親を脅迫している▽余罪として強制わいせつ事件、窃盗事件などがある▽女児に対する強制わいせつ罪などにより懲役刑に処せられた前科が2犯ある−ことが、今回の事件と異なっていますが、被害者の死体の歯をナイフでえぐり取り死体を損壊している点は類似しています。

 三島事件は、姦淫行為が既遂に達している▽犯人に覚せい剤取締法違反、強盗致傷により懲役刑に処せられた前科が2犯ある−ことが今回の事件と異なっています。

 星島被告は東城さんを姦淫するには至りませんでした。しかし、被告は「性奴隷」を手中にするため計画を立てたうえ、手近な標的として916号室の女性を待ち伏せ、力ずくで東城さんの自宅に踏み込み、暴力で東城さんをねじ伏せて、918号室に連れ込んで完全に自由を奪い、東城さんを思うがままにできる状態においたのです。

 被告は、東城さんに乱暴するため、アダルトビデオを見ながら陰茎を勃起させようとしていました。姦淫するに至らなかったのは、「(乱暴を)した、しないとかじゃなくて、できなかっただけです」と被告が供述しているように、陰茎が勃起する前に警察の捜査が開始されたからに過ぎません。従って、この点は刑を選択するうえで考慮すべき有意な差とは考えられません。

⇒論告要旨(7)「自身の生命で罪を償わせるべき」