(8)「あだ名つけて」とねだった被告、「ピヨ吉」と呼ばれ…店の同僚証言
約1時間10分の休廷を挟み、公判が再開された。午後からは、殺害された耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=の同僚で親しい友人女性の○○さん(法廷では実名)の証人尋問が始まる。
ストーカー行為の末に江尻さんら2人を殺害したとして殺人などの罪に問われた元会社員、林貢二被告(42)は、午前中と同じ黒いスーツ姿でこわばった表情で入廷。若園敦雄裁判長が裁判の開始を告げた。
証言台と傍聴席の間には、プライバシーに配慮して、○○さんの姿が林被告や傍聴席から見えないように衝立が立てられている。
裁判長「開廷します。証人どうぞ」
入廷する姿も傍聴席からは見えないようにするため、入り口から証言台までの間に、アコーディオン状のカーテンがひかれた。扉の開く音がし、証人の女性が証言台に着席したようだ。
裁判長「○○さんですね? それでは法廷でうそを述べないという宣誓書を声に出して読んでください」
女性はか細い声で宣誓文を読み上げた。男性検察官が質問に立った。
検察官「それでは検察官から質問します。あなたは勤務先の耳かき店で接客担当ですね」
証人「はい」
検察官「美保さんの同僚で、親しい友人でしたか」
証人「はい」
検察官「江尻さんのことは何と呼んでいましたか」
証人「まりなです」
江尻さんは店で、「まりな」という源氏名で働いていた。
検察官「美保とまりなとどちらが話しやすいですか」
証人「まりなです」
検察官「では、まりなという呼び方で進めます。あなたは、まりなさんから相談を受けていましたか?」
証人「はい」
検察官は、店でのサービス内容などについて尋ねていった。○○さんは、店で江尻さんの隣のブースで接客していたという。江尻さんが林被告と接する声や、姿をすき間から見られる状態だったという。
店には、営業途中のサラリーマンや、地方から東京・秋葉原に来た観光客のほか、女性の常連客もいたという。
検察官「あなたとまりなさんとはどういう関係でしたか?」
証人「入ったころから働いていて、毎日(シフトが)かぶっていて、プライベートでも遊んで仲良くしていました」
はなをすする音が聞こえる。泣いているようだ。
検察官「話題はどういう内容でしたか」
証人「まりなは、家族の話が多くて、ゲームの話もしました。家族の写真を携帯(電話)で写して保存していて、見せてくれたりしました」
検察官「どんな子でしたか」
証人「いい子で…」
涙で声が詰まっている。
証人「みんなのフォローをしたり、清掃とかの仕事もしていろんな面でみんなを支えて縁の下の力持ちでした」
検察官「人気もあったということですね。なぜだと思いますか」
証人「裏表がないので、どんな客にも笑顔で接していました。具合が悪いのも表に出さないし、気遣いができて人気があったと思います」
検察官「客にこびを売ったりすることはありましたか」
証人「ないです」
検察官「被告について、まりなさんからどういう人と聞いていましたか」
証人「いいこと悪いことを話しても、いいことしか聞かない。困った人だと言っていました」
検察官「いつからですか」
証人「わりと初めの方からです」
検察官「どういう仕事の人と聞いていましたか」
証人「36歳ぐらいの会社員で吉川という名前。IT関係の会社に勤めているらしいと聞きました」
林被告は目を閉じて下を向き、肩で大きく息をした。
検察官「被告は長時間店に入っていて、話をしたり持ち込んだ物を食べたりしていたということですが、それはほかの人もしていましたか」
証人「はい」
検察官「被告のブースでの様子で変わっているなと思ったことはありますか」
証人「何でもない会話で泣いたり、自分のことを『どう思う』と聞いてみたりしていて、聞き方がおかしかったので」
検察官「具体的にいうと?」
証人「『僕のことを、かっこよくない、普通、かっこいいの3段階でわけるとどのへん?』て聞かれて、『普通よりちょっと上』と示したら不機嫌になって、そんなに低いのかって詰め寄ったことがあったみたいで」
検察官「詰め寄ったというのは?」
証人「本気で不機嫌になってふてくされていたみたいです」
○○さんは隣のブースで漏れ聞こえてきた様子と、江尻さんから直接相談されて聞いた話の両方で、被告のことを知っていたようだ。
検察官「被告が泣いていたということですが、どういう流れで泣いていましたか」
証人「話しているなかで、まりなが冗談で『けち』って言ったら泣いてしまったようで」
口元を動かし落ち着かない様子の林被告。裁判員の多くは、メモを取りながら証人の話に耳を傾けている。
検察官「差し入れを食べないと泣いたりしたこともあったのですか」
証人「あったと聞いています」
検察官「泣くのはどれぐらいの頻度ですか」
証人「相当多かったと思います」
検察官「被告の差し入れはどんなものでしたか」
証人「コンビニのごはんとか(弁当チェーンの)ホカ弁とかです」
検察官「平成20年7月に、被告とまりなさんがトラブルになったことは知っていますか」
証人「はい。まりなが誕生日に出勤するとき、吉川がいて『遅いよ、待ってたんだよ』って話しかけられたんです。開店前までずっとその話をしていたら、店の前に吉川がいたみたいで、予約していたのに帰ってしまいました」
検察官「次の週は来ましたか」
証人「来ていません」
江尻さんは○○さんに、林被告に店の外で待ち伏せされるよりも店の中で会っていた方が安全だと話していたという。
検察官「怖がっている様子はありますか」
証人「昔に待ち伏せとかで、すごく怖い思いをしたことがあったみたいで、怖がっていました」
江尻さんはブログ上で、来店しなくなった被告にあててメッセージを残していた。検察官が書き込んだ内容などを聞いていく。
証人「ブログで、『ピヨ吉』という名前で『どうしてるのかな』と書き込んだと思います。吉川のことは、店ではピヨ吉と呼んでいました」
検察官「なぜですか」
証人「吉川にあだ名をつけてほしいと言われたみたいです」
検察官「お金を落としてほしいから、こうしたメッセージを書き込んだのではないということですね」
証人「そうです」
検察官「ストーカーになるのが怖かったからということですね」
検察官は、待ち伏せされるより店で接客した方がましだという状況だったことを再確認した。
証人「はい」
検察官「その後来店した被告とまりなさんは、(平成20年)7月15日の待ち伏せの話はしたのでしょうか」
証人「まりなが、待ち伏せは気持ち悪いとはっきり言ったといっていました」
検察官「被告は何と言ったと?」
証人「はっきり言ってくれてよかった。言われなかったらもう来なかったと言われたと言っていました」
江尻さんが被告にメールアドレスを教えるよう言われ、いったんは断ったが、押し切られて教えてしまったという。
検察官「まりなさんは、はっきりと断ることは苦手でしたか」
証人「苦手でした」
林被告は納得がいかないのか、首をかしげるようなしぐさを見せた。