(10)差し入れのおでんをめぐり 「ケチ」と言われてシクシク泣いた被告
東京都港区で昨年8月、耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=と祖母の鈴木芳江さん=同(78)=を殺害したとして、殺人などの罪に問われている元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判は、秋葉原の耳かき店で同僚だった○○さん(法廷では実名)への証人尋問が続いている。
○○さんは男性検察官の質問に答え、江尻さんが林被告を恐れていたときの様子を説明していく。
証人「家も分かっているかもしれないと怖がっていました」
検察官「まりなさん(店での江尻さんの源氏名)は自衛策を取っていましたか」
証人「防犯ブザーを持ったり、催涙スプレーを持ち歩いたりしていました」
検察官「催涙スプレーを持った経緯を知っていますか」
証人「はい。私が…、私の客に『まりなが悩んでいる。ストーカーされている』と相談したら、私とまりなの(催涙スプレー)を買ってきてくれました」
検察側は江尻さんが持ち歩いていたとされる催涙スプレーの写真を法廷の大型モニターに映し出す。○○さんは江尻さんが持ち歩いていたものだと証言した。
検察官「(平成21年の)ゴールデンウイークの後、まりなさんが被告について困っていたことはありますか」
証人「はい。『誰かにつけられている気がする』と言っていました。7月のまりなの誕生日(7月15日)がすぎて、(東京)新橋の家に近いところで吉川(林被告が店で使っていた偽名)に(声をかけられ)、『誕生日過ぎたよね。もう店に戻ってもいいよね』と言われたそうです」
林被告は平成21年4月から店を出入り禁止にされていた。林被告と江尻さんの間で『誕生日が過ぎたら出入り禁止が解除される』などという約束がされていたかどうかは、これまでの法廷でのやり取りでは明らかになっていない。
検察官「そのときの話をどのように、いつごろ聞きましたか」
証人「まりなは、話しかけられて、コンビニに逃げ込みました。まりなは、コンビニから(私に)電話をしてきました」
当時のことを思いだしたのか、○○さんは涙声になる。
検察官「当時のことを聞かせてください」
証人「コンビニに逃げ込んで、警察を呼んでもらって。警察を待っている間に電話で吉川とのことを聞かされました」
大きくため息をつく林被告。○○さんは証言を続ける。
証人「(江尻さんが)吉川に『店に行きたいけどダメかな?』と言われ、そのときの吉川の目が怖くて。『無理』とは言えず、『無理と言ったらどうするの?』と言ったら、吉川の目がサっと変わって…。『無理』と言ってコンビニに走って逃げていきました(と話していました)」
その約半月後に事件が起きる。
検察官「事件が起きて、心理的な影響はありましたか」
証人「はい。まりなはすごく優しい子で…いろいろな人から好かれていて。私にとって…、私にとって初めてできた友達でした。もっと仲良くしたかった。(事件で)悲しくなって…」
嗚咽(おえつ)をもらす○○さん。一番左側に座る女性裁判員はもらい泣きをしているように見える表情で○○さんを見つめる。
検察官「被告への刑罰について言いたいことはありますか」
証人「はい。言葉の謝罪はいらないから、死刑になってもらいたい。もし死刑にならなかったら、私が代わりに殺したいぐらい許せない。死刑にしてほしい」
法廷には○○さんの涙声が響き、林被告は土色のような顔色でうなだれている。左から3番目の男性裁判員は厳しい表情で林被告を見つめる。
検察官「大丈夫ですか」
証人「はい」
午後2時40分に検察側の○○さんへの証人尋問が終了。15分間の休廷を挟み、弁護側による証人尋問が始まった。
弁護人「(店では)隣の部屋でまりなさんの話が聞こえていたそうですが、あなたは何をしていましたか」
証人「接客をしていたり、休憩したりしていました」
弁護人「(これまでの証人尋問で)被告が泣くのを聞いたことがあると言っていましたね? まりなさんに『ケチ』と言われて」
証人「シクシク泣いた感じでした」
弁護人「何で『ケチ』と言われたのですか」
証人「新宿の店にヘルプで行くとき(掛け持ちするとき)、吉川に『差し入れは何がいい?』と言われ、『コンビニのおでんがいい』と答えました。吉川が『ローソンのおでんでいいね』と言い、まりなが『セブン−イレブンがいい』と。吉川が納得しなかったから、『吉川さんのケチ』と言ったら泣いていました」
林被告はほかにも差し入れをめぐり、江尻さんに突っかかり、泣いたことがあったという。
証人「(林被告が来る前に)ほかの客の差し入れを食べて、吉川の差し入れを食べきれなかった。吉川は『僕が来るの分かっているのに、食べられないんだ』と泣いていました」
林被告は平成20年8月以降、3時間ぐらいの予約を入れるようになってから、泣くようになったという。
林被告は江尻さんの誕生日だった平成20年7月15日、秋葉原駅で江尻さんを待ち伏せしていた。○○さんはこれまでの証人尋問で、江尻さんは外で待ち伏せされるより、店の中で会った方が安全だと考え、自身のブログに「ピヨ吉(林被告のあだ名)、どうしているかな」と書いたことを証言した。
弁護側はこのことが検察の調書に書かれていないとして、○○さんに理由を尋ねる。
弁護人「検察の調書に書いていませんが、どうしてですか」
証人「重要だと思っていなかったので…」
弁護人「調書には『何事もなかったように店に来るようになった』と書いてあります。変わっていますね」
検察側が「変わっている」という表現に異議を申し立てたが、若園敦雄裁判長は反対尋問のときに聞くよう指示した。
弁護人「店では予約をどのように取っていましたか」
証人「店に電話をしてもらっています」
弁護人「あなたは携帯電話のメールアドレスを客に教えて、メールで客の予約を受けるようなことはしていませんでしたか」
証人「私個人はありません」
弁護人「(客には)店に電話をしてもらっていたわけですね」
証人「はい」
林被告は平成20年秋ごろには江尻さんから携帯電話のメールアドレスを聞き出すことに成功した。耳かき店で長時間の指名予約をするため、メールで希望の時間帯を伝えて江尻さんに直接予約を依頼していた。
弁護人「被告が店でまりなさんに予約を頼んでいる会話を聞いたことは?」
証人「聞いたことありません」
弁護人「あなたは被告がまりなさんに携帯電話のメールで予約を頼んでいると思いましたか」
証人「はい」
弁護側は林被告と江尻さんの関係が、ほかの客と女性店員との関係よりも親密だったことを立証したいようだ。林被告は無表情のまま、うつむいている。