(1)100人以上のスタッフの中で 「ナンバーワン指名だった」被害者
東京都港区で昨年8月、耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=と祖母の無職、鈴木芳江さん=当時(78)=が殺害された事件で、殺人罪などに問われた元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判第2回公判が20日午前、東京地裁で始まった。
今回は、江尻さんが勤務していた耳かき店の男性店長ら4人の証人尋問が行われる予定で、林被告が江尻さんに恋愛感情を抱いた末にストーカー行為に発展していく状況などが法廷で証言される見通しだ。
林被告は19日の初公判で「間違いありません」と起訴内容を認めており、争点は量刑に絞られている。2人の命が奪われた今回の事件では、裁判員裁判で初めて検察側が死刑を求刑する可能性があり、それに対して裁判官3人と一般の国民の中から選ばれた6人の裁判員がどんな判断を下すのかに注目が集まっている。
「一緒に電車で移動したい」「手を握ってほしい」…。検察側は冒頭陳述では、林被告が店に通い詰めるうち、どんどん要求をエスカレートさせ、「何で分かってくれないの」と涙で拒む江尻さんに付きまとう経緯に触れた。その上で「『やめて』と何度も叫ぶ江尻さんに覆いかぶさり、『この野郎』と刺した」と凄惨(せいさん)な犯行状況を描き出した。
これに対して弁護側は冒頭陳述で「楽しかった『安らげる場所』に戻れない、もうダメだ」と極限に近い状態で、鈴木さんへの犯行は「パニック状態によって引き起こされた」と指摘。「事件当夜から反省して泣いていた」「毎日、遺族に手紙を書いている」点を挙げて情状面を含めて判断するよう求めた。
法廷は初公判に続き、東京地裁で最も大きい104号法廷だ。午前9時57分、林被告が係官に伴われて傍聴席から向かって左の扉から背を丸めるように歩きながら入廷した。短髪で細身の体に前日と同じく黒いスーツに白いシャツを着て、紺のネクタイをしめている。
肩をほぐすように上下に動かし、弁護人の右隣の席に座る。男性弁護人がかけた言葉にうなずいた。続いて男女6人の裁判員が入廷した。午前9時59分、若園敦雄裁判長が「それでは開廷します」と告げた。
起訴状によると、林被告は昨年8月3日午前8時50分ごろ、東京都港区の江尻さん方に侵入し、1階にいた鈴木さんの首を果物ナイフで刺すなどして殺害。また、2階にいた江尻さんの首をナイフで刺し、約1カ月後に死亡させたとされる。
裁判長「証人尋問に入りますが、先だって何かございますか」
ここで弁護側が証人への質問が伸びる可能性があることを伝えた。
裁判長「それでは証人を」
向かって右の扉から黒いスーツを着て眼鏡をかけた細身の男性が入廷し、証言台に立った。江尻さんが勤務していた東京・秋葉原の耳かき店の店長のXさん(法廷では実名)だという。若園裁判長に促されて宣誓を行うと、証言台の席に座った。男性検察官が質問に立った。
検察官「『××(法廷では実名)耳かき店秋葉原店』で店長をし、事件当時、江尻さんの上司でしたね」
証人「はい」
検察官「店ではどんなサービスをしますか」
証人「耳かきのほか、肩や手のマッサージをします」
検察官「金額は?」
証人「30分、2700円。60分、4800円です」
検察官「指名料は?」
証人「30分、500円です」
検察官「性的サービスは?」
証人「一切ございません」
法廷によく通る声ではっきりと断言した。裁判員らは初公判での硬さが少しは取れた様子で、思い思いに資料に目を落としたり、証人の方をじっと見ながら証言に耳を傾けたりしている。
検察官「どんな場所でサービスをしますか」
証人「3〜4畳の畳のブースで部屋がすだれで仕切られ、入り口にはのれんが掛けられています」
検察官「外からは見えますか。声は聞こえますか」
証人「見える形で、よほど小さくない限り声も聞こえます」
ここで検察官が証拠として耳かき店の店内写真を示し、法廷内の大型モニターにも映し出される。裁判員の目が一斉にモニターに向く。実際、部屋はすだれで分けられているものの、密閉した空間ではない。
検察官「客層は?」
証人「30〜40代のサラリーマンが多いですが、幅広く、おじいさんやおばあさん、女性も来ることがあります」
検察官「性的サービスを強く要求する客がいればどうしますか」
証人「スタッフ(店員)がサービスを打ち切り、フロントの私のもとに来ます。今後の入店をやめてもらうこともあります」
検察官「店外で会うことを要求することも出入り禁止になるのですか」
林被告は、「外で食事したい」などと要求をエスカレートさせていったため、この店を出入り禁止になった。
証人「基本的にはお断りし、入社(入店)時にスタッフにも厳しく教えています」
検察官「江尻さんについてお尋ねします。江尻さんは店では何と名乗っていましたか」
証人「まりなという名前でした」
検察官「勤務態度は?」
証人「一番早く出てきて掃除を手伝ったり、みんなが嫌がるチラシ配りなども進んでしていました。裏表がなく、お客さまからも好かれていました」
検察官「家族の話をしたりは?」
証人「すごく家族思いで、携帯電話の待ち受け画面を家族の写真にしていました。差し入れがあったときも『これを持って帰ったら家族が喜ぶ』と話していました」
林被告はうなだれたような姿勢でじっとうつむいている。
検察官「お客さんからの人気は?」
証人「100人以上のスタッフが在籍していますが、1番、ナンバーワンの指名でした」
検察官「お客さんにこびるようなことは?」
証人「どのお客さまにも平等に接していました。そんな裏表がないところが受け入れられたのだと思います」
検察官林被告についての質問に移る。林被告は来店時は「吉川」という偽名を使っていた。
検察官「被告は江尻さん以外の指名は?」
証人「ありませんでした」
検察官「被告は店の出入りが禁止されていますね。この出禁になるいきさつで、印象に残っているエピソードはありますか」
証人「平成20年の7月です。この日は江尻さんの誕生日でしたが、息を切らせて店に来ると、『駅に吉川さんがいた』と告げました」
検察官「どんな様子でしたか」
証人「びっくりした様子で『秋葉原の駅に待っている』と話していました。ほかのスタッフは『気持ち悪い』とか言っていました」
検察官「その後、どうなりましたか」
証人「店のドアが半開きだったのですが、人影が見えました。開けたら『吉川さん』らしき人がうなだれて、階段を降りていきました」
検察官「その後、被告は店に来ましたか」
証人「1週間ぐらいして来るようになりました」
6人の裁判員はまっすぐ前を見て真剣にやりとりに耳を傾けている。林被告は下を向いたまま、顔を上げようとしなかった。