(7)度重なる被告の待ち伏せに「あり得ない」「怖いです」と被害者は声を震わせ
耳かき店の男性店長、Xさん(法廷では実名)に、男性弁護人が昨年4月の出来事について尋ねている。殺人罪などに問われた元会社員、林貢二被告(42)は、被害者の耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=に「手を握らせてほしい」などと迫ったため、4月5日から同店を出入り禁止となっていた。
弁護人「お店として、4月5日当時、林被告のメールアドレスや携帯電話の番号を知っていましたか」
証人「携帯の番号は知っていました」
弁護人「メールアドレスは美保さんが知っていたということですか」
証人「はい」
林被告は同店に足しげく通う中で、江尻さんからメールアドレスを聞き、直接メールで指名予約を入れていたという。
弁護人「店から電話などで、林被告に出入り禁止処分を伝えたことはありますか」
証人「伝えていません」
弁護人「ゴールデンウイークごろに、林被告が美保さんに会いに行ったときも、店として林被告に連絡は取っていないのですか」
証人「(顧客の)携帯の番号(を書いた書類)は、すぐに捨ててしまうので…」
検察側の冒頭陳述によると、林被告は昨年5月初旬ごろ、同店から帰宅する江尻さんを待ち伏せし、自宅近くで呼び止めて「また店に行きたい」と訴えたとされる。
弁護人「7月19日に林被告が美保さんに会いに行った際も、店として林被告に連絡を取っていないのですか」
証人「はい」
ここで、別の男性弁護人が質問に立った。
弁護人「あなたは先ほど『泣いていた』と証言していましたが、それは誰のことですか」
男性検察官が割って入り、「どの場面のことですか」と尋ねると、若園敦雄裁判長は「林被告が店で長時間、何をしていたかと聞かれた際、『泣いていたようだ』と証言されています。これは誰のことでしょうか」と補足した。
証人「吉川です」
「吉川」とは、同店を利用する際に林被告が名乗っていた偽名だ。
弁護人「泣くような客はほかにもいるのですか」
証人「えー、僕の記憶では吉川だけです」
弁護人「また、証言の中で(林被告について)『子供じみた』と表現しているところがありましたが、どういうことですか」
証人「3〜4畳の狭い部屋の中で踊ったりダンスをしたりしていました。あまり過度だと他のお客様の迷惑になるので注意しようと思っていましたが、おとなしく踊っていました」
どのようなダンスをしていたか分からないが、被告人席の林被告はうつむいたまま表情を変えずに聞いている。
弁護人「予約時間が長く、ほかのお客さんの予約が入れられないので困っていると美保さんから相談を受けたのはいつごろですか」
証人「平成21年3月ごろからだと思います」
弁護人「それまでは、聞いたことはありませんか」
証人「はい」
弁護人「それまでは、美保さんは林被告を上客として扱っていたということですか」
ここで、男性検察官が「上客とはどういう意味か」と異議を唱えた。弁護人が「あなたの調書に『上客』という表現が出てくるが、どういう意味ですか」と質問し直すと、Xさんは少し考えるようにした後、「よく来てくれるお客ということです」と答えた。
弁護人「それまで、美保さんから相談を受けたことはないということですか」
証人「はい」
弁護人「林被告は午後2時か3時から午後10時まで秋葉原店、その後、新宿東口店で朝5時まで過ごしていました。これを異常だと思いませんでしたか」
証人「まったく思わなかったわけではないですが、江尻さん本人が店の売り上げを考えてくれたというのもあると思います」
江尻さんは秋葉原店に加え、途中から系列店の新宿東口店でも働くようになったが、林被告は江尻さんを追いかけるように系列店にも通っていたという。
弁護人「連日予約とか、1日7〜8時間の予約を入れる人はほかにもいたということでしたが、林被告のように1週間に3日(秋葉原店に)来て、月に2日は新宿東口店に行く、というお客さんはほかにもいましたか」
証人「いないです」
ここで、弁護人の尋問は終了した。若園裁判長が、裁判員らに質問があればするよう促したが、挙手がなかったため、傍聴席からみて右側の左陪席の男性裁判官が「では、私が」と質問を始めた。
裁判官「林被告が土日に7〜8時間通うようになってから、林被告が江尻さんに恋愛感情やそれに類する好意があると考えたことはありませんでしたか」
証人「全くないといえばうそになりますが、長い時間入りたいというのもあったのではないでしょうか」
裁判官「それは、長い時間(勤務に)入りたいという江尻さんの希望を尊重したということですか」
証人「はい」
代わって、逆側に座る右陪席の男性裁判官が質問した。
裁判官「昨年4月5日に、江尻さんが林被告に何と出入り禁止を伝えたかは知っていますか」
証人「直接内容は聞いていませんが、吉川が(店を)出て行った後、江尻さんから『本人に伝えた』と聞きました」
裁判官「『出入り禁止』という言葉を使ったかどうかは聞きましたか」
証人「聞いていません」
男性店長への証人尋問が終了した。続いて入廷したのは、グレーのスーツを来た20〜30代ぐらいの男性。事件当時、耳かき店の新橋店で男性店長をしていたYさん(法廷では実名)だ。男性検察官が質問を始めた。
検察官「あなたは昨年4月以降、江尻さんを自宅に送ったことがありますね?」
証人「はい」
検察官「初めて送ったのはいつごろですか」
証人「(昨年の)4月中旬くらいです」
Yさんが閉店作業をしていると、秋葉原店のXさんから電話があり、江尻さんが「出入り禁止になった客から待ち伏せされているので、家まで送ってほしい」と頼まれたという。
検察官「(新橋)店に来た美保さんはどんな様子でしたか」
証人「小走りでこっちに来て、声も少し震え、怖がっている様子でした。早口で『あり得ないです』『怖いです』と言っていました」
検察官「何があり得ないのですか」
証人「待ち伏せされたことだと思います。一旦、店内に入ってもらい、そのお客さんだった方のことについて聞くと、名前は吉川だと言っていました」
検察官「家へ送っていくときの美保さんはどんな様子でしたか」
証人「周りをキョロキョロ見ていて、終始早口で話し、『怖い』と言っていました」
Yさんはこの後も数日間、江尻さんを自宅まで送ったという。
検察官「その後はどうなりましたか」
証人「ゴールデンウィークの後半ぐらいに、Xさんから午後11時過ぎぐらいに電話があり『また待ち伏せされたから送ってほしい』と言われました」
Yさんは、6月中は毎日、江尻さんを自宅へ送り届けていた。7月に入り、一旦、江尻さんは1人で帰宅するようになったが、同月19日に再び、Xさんから「また待ち伏せにあった」と連絡があったという。
検察官「その後はどんなことがありましたか」
証人「8月1日には、江尻さんのお母さんから『家の近辺に怪しい人影があり、(江尻さんを)送ってほしい』という連絡がXさんに入り、私が新橋駅まで迎えに行きました」
検察官「その日、美保さんは眼鏡をしていましたか」
証人「はい。黒縁の眼鏡をしていたのでどうしたのか聞くと、『伊達眼鏡』と言っていました。本人ははっきり言いませんでしたが、これは変装だなと思いました」
この2日後、林被告は江尻さん方に侵入し、江尻さんと祖母の鈴木芳江さんを殺害する。
検察官「吉川はどういう人間だと思っていましたか」
証人「ストーカーなのは間違いない。一方的に…。普通では考えれないことで、自分勝手だなと思いました」
検察官「事件や林被告への思いを聞かせてください」
証人「まあ、この裁判がどうなるか何とも言えないですけど。江尻さんとあまり付き合いはなかったけど、本当にいい子で。生きていれば、これからいい人生が待っているのになと思うと、やりきれないですけど…。いい子でした。はい」
林被告はうなだれた様子で座っている。
ここで若園裁判長が、反対尋問がないか尋ねると、男性弁護人が「尋問はありません」と返答。裁判員からも質問が出なかったため、若園裁判長は休廷を告げた。約1時間10分の休憩をはさみ、午後1時半から審理を再開。江尻さんの同僚だった女性らの証人尋問が行われる。