第2回公判(2010.11.26)
(6)「教授が家庭の事情を知りすぎている」「盗聴されている」…友人にぶちまけた疑念
中央大理工学部教授、高窪統(はじめ)さん=当時(45)=を刺殺したとして、殺人罪に問われた卒業生で元家庭用品販売店従業員、山本竜太被告(29)の研究室の友人男性の供述調書が、男性弁護人により読み上げられている。
弁護人「平成15年10月、研究室で高窪教授と話していたとき、教授が『山本君は大丈夫なんですか? 彼は大変ですよね』といいました。そのときちょうど山本君が研究室に入ろうとして、その言葉を聞いて去っていったらしいです」
「高窪教授はその姿を見てしまって、後で『あのときはしまったと思ったんですよ』と話していました」
山本被告はこうした状況から、研究室全体が陰で自分の悪口を言っていると思い込んでいったようだ。
弁護人「確かに私たちも変わり者の山本君を敬遠していたかもしれないし、高窪教授も『完璧(かんぺき)主義者すぎる』と言っていましたが、悪口をいったり、バカにしたことはなく、基本的にはみんな応援していました」
供述調書は山本被告の自傷行為の話に移る。
弁護人「平成15年夏、山本君が半袖を着ていたときに腕の横に何本も古い傷があったのを見ました。怖くて聞けなかったのですが、追いつめられて自傷行為に走っているんだと思いました」
「高窪教授も山本君の顔の傷を見て気づいていたようで、私に『本人はひげをそるのに失敗したと言っていたけれど、気になります』と言っていました」
山本被告の自傷行為は研究室内では周知の事実だったようだ。
向かって左から3番目の男性裁判員はみけんにしわを寄せて目を閉じ、弁護人の朗読に聞き入っている。
弁護人「山本君は思い込みが激しく、被害妄想を持っているようでした」
「平成15年の最初のゼミのとき、山本君の発表の中の専門用語が間違っていたので、高窪教授が『その言葉の使い方は気持ち悪いですね』と言いました」
「山本君は自分の話し方が気持ち悪いと思いこんだようで、体を大きくのけぞらせて動揺しているようでした」
山本被告の思いこみの激しさはさらに悪化の一途をたどる。
弁護人「平成16年1月ごろ、山本君が私に『申し上げにくいのですが…』と話しかけてきました。そして『どうして僕は盗聴されたりするんでしょうか』と強い口調で聞いてきたのです」
「びっくりして何のことかと聞き返したら、『教授が僕の家庭の事情を知りすぎているんです。盗聴されているんだとある人に言われたんです』と言いました」
山本被告は自宅が盗聴されていると疑っていたようだが、高窪さんが山本被告の家庭事情を知っていたことには理由があったようだ。
弁護人「私は以前、高窪教授から『よく山本君の親御さんとコンタクトをとっているんです』と聞いていました」
「山本くんに『誰も盗聴なんてしていないよ』といったら彼は『Aさん(法廷では実名)ではないんですね、疑ってすいません』と言いました。教授だけでなく研究室全員を疑っているようでした」
友人はその話をすぐに高窪さんに伝えたという。
弁護人「高窪教授は『悲しい話ですね。研究室に火でもつけられたらいけないから、彼のことを気にかけてやってくださいね』と言いました」
「私は不器用な彼が将来を模索して苦しんでいる姿を見てきました。許されることではありませんが、今回のことは追いつめられた結果ではないかと、不思議と怒りは感じません」
研究室では多くの人が山本被告のことを気にかけていたようだ。山本被告は無表情でうつむき、まばたきを繰り返している。
次に平成15年に行われた研究室の忘年会での話に移った。
弁護人「山本君は10メートルくらいある長テーブルの左端に座っていて、一度も席を動きませんでした」 「高窪教授は真ん中に座っていて、山本君とは4〜5メートル離れていたので、2人は話していないと思います」
山本被告は事件後、捜査員に対し、「忘年会で先生と話せず疎外されていると感じた」と殺害に至った動機を語っている。
この忘年会では集団食中毒が発生したが、山本被告は食中毒についても「自分だけ陥れられた」と研究室全体に不信感を持つようになったという。
ここでもう1人の男性弁護人が中央大の非常勤講師だった男性の供述調書の朗読を始めた。
弁護人「山本君はおとなしく、繊細で常識的な考え方のできる人物だと思っていたので、殺人事件の犯人だなんて最初は信じられませんでした」
「山本君は一番前の席で熱心に授業を受けていました。私はそんな彼が気になって本を貸したりしました」
男性はその後、中央大の非常勤講師を退職するが、平成17年秋、突然山本被告から自宅に手紙が届いたという。
弁護人「手紙には『就職したけれど、人間関係でつまずいた。再度大学に入学して人間関係学を学びたい』と書かれていました」
「私はメールを送り返し、実際に4月に新宿で食事をしました。彼は『資格をとるためにパソコンの学校に通っている』と言っていて、熱意を感じ、彼の未来が開けるように前向きな話をしました」
「今回の事件の責任はとてつもなく重い。でもその罪の重さに気づき、人のためになる新たな道を探してほしい。むしろその背中を強く押してあげたいと思います」
朗読される男性の言葉の一つひとつに、山本被告は小さくうなずいた。
次に山本被告が勤めていた電子機器開発製造会社の男性従業員の供述調書の朗読が始まった。
弁護人「平成19年5月の初出社日に、山本の両頬に7〜8本のひっかいた跡がありびっくりしました」
「疑問に思いましたが研究員の中には変わったやつも多いので理由は聞きませんでした」
山本被告の自傷行為の跡を見た男性は初日から不信感を抱いたようだ。
弁護人「入社後まもなく、山本は就業時間が始まるまでどこかに消えるということを繰り返していました。6月に初めて他部署の人間から『トイレの個室にこもっている』と聞き、注意しました」
「そのころには山本は仕事ができないと思い、総務部長に『山本は研究員に向かない』と言いました」
すると山本被告は強く反論し、結果しばらく据え置かれることになったという。
弁護人「山本は仕事ができず、『ものは下から上に落ちる』と計算してきたり、使い物にならないと確信しました」
「決定的だったのは従業員全員で行ったグアム旅行での出来事です」
グアム旅行で何が起きたのか−。裁判員たちは真剣な表情で弁護人の朗読を聞いている。