第2回公判(2010.11.26)

 

(10)「尊敬していた」教授が発した「ナーバスですね」 以後幻聴が聞こえ始め…

献花台

 中央大理工学部教授の高窪統(はじめ)さん=当時(45)=を刺殺したとして、殺人罪に問われた卒業生で元家庭用品販売店従業員、山本竜太被告(29)の裁判員裁判は、弁護人による被告人質問が続いている。男性弁護人はゆっくりとした口調で、大学生活について質問を投げかける。

弁護人「学部の転部もできず、他大受験もうまくいかない。いずれも道がない、となったときの心境はどうでしたか」

山本被告「理工学部の電気電子工学科の勉強に専念しようと思いました」

弁護人「専攻に興味も持てず、中途退学は考えませんでしたか」

山本被告「高校に迷惑がかかると思い、取りやめました。指定校推薦がなくなると考えました」

 2年生に進級し、勉学に極端なほど熱中していく状況について質問が続く。

弁護人「1年次のとりこぼしと、新たに取得しなければいけない単位で負担が増えました。夜にベッドで寝るのをやめ机につっぷして寝るようになったのはそのころからですか」

山本被告「はい」

弁護人「睡眠時間は1日に何時間くらいでしたか」

山本被告「6時間くらいだったと思います」

弁護人「熟睡はできましたか」

山本被告「不思議と熟睡できていました」

弁護人「教室では、最前列の中央で授業を受けていたということでしたね」

山本被告「ほとんどそうだったと思います」

弁護人「最前列の中央を定席と考えた理由は?」

山本被告「一つは前の席に座ることで気持ちを奮い立たせよう、と。もう一つは目が悪いので、前でないと黒板が見えませんでした」

弁護人「ほかの学生が自分をどんな目で見ているか、気になりませんでしたか」

山本被告「気になりませんでした」

弁護人「他人の視線はどうでもいい、ということですか。それとも自分が変だということはあり得ない、ということですか」

山本被告「両方です」

弁護人「ちょっと目立っている、という気持ちはありましたか」

山本被告「ありました」

 山本被告はこのころ、勉強への集中力を高めるためにリストカットを始めたという。

弁護人「自分を痛めつける必要があったのか。なぜリストカットを始めたんですか」

山本被告「どうしても学びたかった人間関係学のことを考えず、今の電気電子工学科の勉強に専念しなければいけないと自分に言い聞かせるため、腕や顔に傷を付けました」

弁護人「傷つけるのに使ったのはカッターだけですか」

山本被告「初めは図工の授業で使う彫刻刀を使っていました」

弁護人「腕は縦に傷つけるんですか。それとも腕を横切るように、横に傷つけるんですか」

山本被告「縦が多かったと思います」

弁護人「顔についてはなぜ傷つけたんですか」

山本被告「理由は特にありません」

弁護人「母親は顔の傷に気付いていましたか」

山本被告「気付いているようでした」

弁護人「理由を尋ねられませんでしたか」

山本被告「母からは特に何も言われませんでした。何か言いたそうにはしていました」

 続いて、高窪さんのゼミに入った経緯について尋ねていく。

弁護人「2年生の時、高窪先生の講義を受講したきっかけは?」

山本被告「必修だったからです」

弁護人「先生の授業はどうでしたか」

山本被告「丁寧で分かりやすく説明される方だと思いました」

弁護人「優秀、という印象ですか」

山本被告「(沈黙)…はい」

弁護人「言いよどんだのは、何か別の表現がよいからですか」

山本被告「学生がノートを全部書き終わるまで待つ、学生に配慮する先生という印象です」

弁護人「尊敬していましたか」

山本被告「尊敬していました」

 山本被告は4年生のとき、再び高窪さんの講義を受けることに。圧力、熱、音などの「センサー」に関する授業の内容に関心を持った。

弁護人「講義を受け、高窪教授に対する評価は2年生のときと変わりましたか」

山本被告「気持ちに変化はありませんでした」

弁護人「尊敬する気持ちは変わらなかった?」

山本被告「特に変わりませんでした」

弁護人「大学4年の秋、10の研究室から高窪先生のゼミを選んだ理由は」

山本被告「一つはセンサーの研究がしたいと思ったことです。もう一つは研究室説明会の時、院生が研究内容について丁寧に教えてくれました。まじめな院生、学生がいるところで勉強がしたいと思い、高窪先生の研究室に決めました」

弁護人「自己分析をして、当時の君はよく話す方でしたか。それとも無口でしたか」

山本被告「勉学については院生や教授に…」

弁護人「いや、そこではなくて。研究室に入る前の段階で」

山本被告「無口だったと思います」

弁護人「大学の同級生の供述調書では当時、1年生のころとずいぶん違い、堅く暗い印象を受けた、とありました」

山本被告「勉学については院生や教授に質問に行くことはありましたが、勉学以外ではクラスメートや研究室の人と話をすることはありませんでした」

 一つ先の問答を誤って答えた様子の山本被告。質問に淡々と答えているが、事前練習を繰り返した様子がうかがえる。

 質問は山本被告が高窪さんからいじめられていると感じ、幻聴が聞こえるようになった経緯に移っていく。

弁護人「高窪教授が『ナーバスですね』と言うのを、そばで聞いていたんですか」

山本被告「はい」

弁護人「なぜ、それが自分のことを指すと思ったんですか」

山本被告「突然『ナーバスですね』とおっしゃって、前置きもなかったので。自分のことを言っているんじゃないか、と思いました」

弁護人「その前に、高窪教授は君のことを見たんですか」

山本被告「おそらく見たと思います。高窪先生が自分の後ろの方にいて、目では確認できませんでした」

弁護人「それから1週間ほどたったころから、校内や電車内などで『ありえない』『いじめじゃない』などという声が聞こえてきたんですね。君の方を向き、君に向かって声をかけてきたんですか」

山本被告「こっちを向く人もいれば、携帯電話を見ながら言葉を発する人もいました」

弁護人「例えば電車の中であれば、どこから声が聞こえましたか」

山本被告「例えば脇のほうから。電車を降りる際に『ありえない』と。車内に伝わるような大きな声ではありません」

弁護人「毎日、朝も晩もですか」

山本被告「1週間に3〜4日ぐらいです」

弁護人「それは、君が高窪教授からいじめを受けている、と考えているときに言われたんですか」

山本被告「はい」

弁護人「声をかける人の姿を見ましたか」

山本被告「見ました」

弁護人「明らかに君を向いていましたか」

山本被告「そう受け止めました」

 ここで、今崎幸彦裁判長が割って入り、「ありえない」「いじめじゃない」のイントネーションについて質問する。山本被告は、ともに疑問型ではなく断定の意味だと答える。

弁護人「突然、声をかけられることを疑問に感じなかったですか」

山本被告「感じました。例えば高窪教授が私をいじめていることについて、大学側から責められているのかな、とも思いました」

 当時は山本被告に幻聴であるとの考えはなかったようだ。裁判員らは時折首をかしげながらも、真意をつかみとろうと真剣な表情で話に耳を傾けている。

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