第2回公判(2010.11.26)

 

(4)殺害の瞬間「心臓がバッグンバッグンものすごい音」…教授は振り向き「あーっ」と叫んだ

中央大学

 中央大理工学部教授の高窪統(はじめ)さん=当時(45)=を殺害したとして、殺人罪に問われた教え子で家庭用品販売店従業員の山本竜太被告(29)に対する裁判員裁判の第2回公判は、引き続き、捜査段階の供述調書の読み上げが行われている。

 男性検察官は、山本被告が東京・後楽園キャンパスのトイレに隠れ、高窪さんを殺害するために待っていた際の心情について説明している。

検察官「廊下からパタパタという足音が聞こえ、いよいよこのときが来たと心臓がドッグンドッグンとしていました。だんだんこっちに近づいてきて、とうとう高窪教授が来たと思い、心臓がさっきよりドッグンドッグンとしているのが分かりました」

 山本被告は、トイレの扉が開き、高窪さんらしい人が入ってきたことを確認する。

検察官「心臓がバッグンバッグンとものすごい音がしていることが分かりました。昨日何回もシミュレーションしたのを思いだしました。音を立てないようにいったん左側の洗面所に移動して高窪教授に気づかれないよう後ろに立って心臓を突き刺すということをシミュレーションしたので、うまくいくと思っていました」

 山本被告は一点を見つめながら、何度も瞬きをしている。裁判員はいずれも検察官の読み上げる供述調書を真剣な表情で聞いている。

検察官「高窪教授は私にさんざん嫌がらせをしてきたから殺されるのは当然ですが、かわいそうだなと思いました」

 山本被告は高窪さんが山本被告に命を狙われていることに気づいており、シャツの中に防刃チョッキを着ていると考えていた。

検察官「躊躇(ちゅうちょ)したらやられると思い、体ごとぶつかっていこうと思いました」

 山本被告は首にまくネックウォーマーで顔を隠すようにして、コートの中の刃物を握りしめ、トイレの個室から外に出た。3つあるトイレの真ん中に高窪さんがいることを確認した。

検察官「すごく怖かったです。心臓がバクバクバクバクして本当に怖かったです。神風特攻隊が敵の船めがけて突っ込んでいくような気持ちでした」

 山本被告は刃物を握りしめ高窪さんの後ろに立った。そのときの様子を再現した写真が法廷内の大型モニターに映し出される。裁判員が一斉にモニターにくぎ付けになる半面、山本被告はモニターに目を向けなかった。

検察官「オーバー(コート)から刃物を取り出して先っぽを教授に向けて立ちました。心臓を後ろから突き刺して殺すつもりでした。何度も練習を繰り返しました。刃物の先を高窪教授に向けて刺しましたが、狙いがはずれて右側に刺さっちゃいました。スッていう感じでした」

 高窪さんの背中に向けて刃物を突き刺した山本被告。事態は直前の想定とは違う方向に向かい、山本被告は焦りをみせる。

検察官「高窪教授はびっくりしたみたいで振り向いて『あーっ』と叫びました。痛そうなうめき声というよりも私と気づいて怒っているような感じでした。叫び声を上げるということは想定していなかったので焦りました。死にそうな感じがしなかったのでもう1回か2回突き刺しました」

 山本被告と高窪さんが向き合った状態の再現写真がモニターに映し出される。

検察官「高窪教授は必死な顔をして刃物をつかんでいました。私の体を押してきたりもしました。あごを押されたので、口に指が入ってきました。今でも何となくその感触が残っています」

 抵抗する高窪さんを何度も刺した山本被告。高窪さんは足を床に投げだし、寝そべった格好で、足をばたつかせたりするが、次第に動かなくなった。

検察官「体の方は床にぺったり付いていましたが、右手が動いていました。これだけ刺してもまだ死なないので焦りました。早く殺して逃げなきゃと焦りました」

 倒れた高窪さんの背中を5、6回刺した山本被告。刃物の先が床に当たるほど強く刺していたという。高窪さんはまったく動かなくなり、背中のシャツが血で真っ赤になっていた。

検察官「これで死んだと思いました。何で抵抗してこなかったのか不思議に思いました。高窪教授は私に狙われていることに気づいていたはずなのにまったく反撃してこなかったので、こういう展開になるなんてまったく想定していませんでした」

「不思議な気持ちでした。天の声とか『殺せ』という声が聞こえたというのはまったくありません。私の意志で殺そうと思って殺したのです」

 高窪さんを殺害する一連の状況について説明した山本被告の供述調書の読み上げが終わった。続いて、女性検察官が、山本被告が犯行後の行動について説明した供述調書の読み上げを始めた。

検察官「一刻も早くここから逃げだそうと思いました」

 山本被告は刃物をコートの中に隠し、個室に置いていた荷物を取って逃げようとした。

検察官「高窪教授を踏まないように横を通り抜けました。ドアが閉まる前にもう一度見ましたが、まったく動かず、間違いなく死んでいると思いました」

 山本被告が廊下に出ると、男性が向かっていることに気づく。山本被告は中央階段で3階まで移動し、非常階段で1階まで下りた。手のひらに血が付いていることに気づいたが、怪しまれると思いそのままにしたという。6号館の4階の教室に立ち寄って荷物を取る。

検察官「事件前は、高窪教授にやられるか、すぐに捕まるだろうと思ったので、逃げるルートはまったく考えていませんでした。運良く逃げることができました」

 キャンパスを後にし、途中の公衆トイレで手を洗ったり、寺の集会場で凶器の刃物を持ってきていた野球のバットケースにしまい、飯田橋駅まで徒歩で向かった。駅の防犯カメラに写っていた山本被告の画像がモニターに映し出される。山本被告は電車で(神奈川県の)平塚駅まで移動。自宅に帰る途中で平塚八幡宮に寄る。

検察官「無事、帰れるなんて思っていなかったので、ぐるぐる考えていて気持ちが落ち着きませんでした。神社で無心で手を合わせ、絵馬を買いました」

 絵馬に「終生新旅」と書き込んだ山本被告。その意味はあの世でいい旅ができることを願って書いたという。

 山本被告は帰宅してからも、高窪さんの仲間が襲いに来るのではないかと不安を抱えていたが、何も起こらず、犯行翌日は普段通り出勤した。半月後にはトレーナー以外の犯行時に着ていた服を捨て、その2週間後に刃物を捨てた。このときの心情を『捕まりたくなかった。自首する気もなかった』と供述。刑事が来ることを想定し、逮捕されないためのアリバイなどを考えた想定問答集も作っていた。

検察官「想定問答は考えていましたが、逮捕されるまで呼び出しもなく、いきなり刑事が家に来たので、もう証拠もあるんだろうなと思ったので、すぐに認めました」

 検察官の読み上げが続いていたが、今崎幸彦裁判長がいったん休廷にすることを告げる。午後も引き続き、山本被告の供述調書の読み上げが行われる。

 休廷になり、裁判員や傍聴人が法廷を後にすると、山本被告は弁護人と話を始めた。供述調書が読み上げられている間、山本被告は一切表情を変えることはなかった。

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