(5)「外国人登録証を置いていくから信じて」 解放を懇願するリンゼイさんに…
英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第4回公判は、休憩を挟み再開。検察側の被告人質問が続く。
検察官は、犯行現場の室内に残された遺留品について尋ねていく。
玄関の靴からリンゼイさんの血液が検出されたことについて、検察官が付着した理由を尋ねるが、市橋被告は「分かりません」と答える。
検察官は質問を変え、袖などが切られたリンゼイさんの衣服や下着について尋ねていく。証拠の写真を市橋被告に示す。
検察官「コート、カーディガン、ブラジャー、いずれも切られた跡がありますね?」
市橋被告「はい」
検察官「コートやカーディガン、ブラウスは、左の袖も右の袖も切られていますね?」
市橋被告「はい…いや、ブラウスの右側は切れていません」
検察官「(写真を指さし)こっちの写真をみれば切れているでしょ?」
市橋被告「はい」
検察官「いつ切ったんですか」
市橋被告「私はリンゼイさんを姦淫するとき、リンゼイさんのコートを手で破いています。ブラジャーについては手で切っていません。姦淫する前、裸にするときは普通にはずしています。ブラジャーが切れているのは、リンゼイさんが亡くなった後、私がはさみで切っているかもしれません」
カーディガンやブラウスについても答えるよう、堀田真哉裁判長が促す。
市橋被告「カーディガンは、手ではこのように破れません。だからはさみで切ったのは覚えていませんが、リンゼイさんが亡くなった翌日(平成19年3月26日)にはさみで切ったと思います」
ひとごとのように分析する市橋被告。衣服などを切った理由は判然とせず、首をかしげる裁判員もいる。
検察側はさらに、下着やタイツの尿の跡についても尋ねるが、市橋被告は「分からない」「覚えていない」と繰り返した。
検察官は次に、市橋被告に乱暴された後のリンゼイさんの様子について尋ねていく。
検察官「強姦後、リンゼイさんは何と話していましたか」
市橋被告「『警察には言わない。帰してくれ』と繰り返していました」
検察官「リンゼイさんは『知らない男に襲われたと言えばいい』と言っていましたか」
市橋被告「はい。帰してほしい、と何度も言いました。『外国人登録証を持っている。信用できないなら、それを持っていてもらっても構わない』『道を歩いていて、見知らぬ男に襲われたと言えばいい』と話していました」
リンゼイさんの母、ジュリアさんは右手で両目を覆い、下を向いている。さらに、リンゼイさんの両足を結束バンドで縛った状態で乱暴したときの姿勢についての質問に市橋被告が答え、ジュリアさんら遺族の表情は険しくなっていく。
ここで、検察側はうつぶせのリンゼイさんに市橋被告が覆いかぶさった、リンゼイさん殺害時の2人の体勢を示した図を廷内の大型モニターに表示する。
検察官「リンゼイさんは具体的にどう動こうとしていましたか」
市橋被告「逃げようとして暴れていた。手をはうようにして、前に進んでいこうとしました」
検察官「被告が上に乗っている状態で、手を動かしても進まないのでは?」
市橋被告「体全体で前に行こうとしていました」
検察官「このあと、『アイ・ガット・イット(I got it)』、『分かった、分かった』と理解したと言いましたね」
市橋被告「いいえ、(理解)していません」
検察官「ではどういう意味だと思ったんですか」
市橋被告「後で考えれば『分かった、分かった』という意味になると思ったけれども、その時は日本語に訳すことはできなかった。逃げられてしまう、と思いました」
検察側は続いて、リンゼイさん殺害時の殺意の有無について尋ねていく。
検察官「今の考えを聞きたい。この時に首が圧迫されたと思いますか」
市橋被告「分からないのです。この体勢になった後、リンゼイさんが動かなくなりました」
検察官「左腕に力を入れていましたか」
市橋被告「分かりません」
検察官「(首の下に左腕を入れた)この状態が継続していたのは、10秒より長い?」
市橋被告「長かったと思います」
検察官「20秒では?」
市橋被告「長かったと思います」
検察官「感覚では大体何秒くらいでしたか」
市橋被告「感覚的には短かった。1分ほどでした」
検察官「リンゼイさんが動かなくなってから、覆いかぶさるのをやめたんですね」
市橋被告「動かなくなったとき、リンゼイさんが(逃げるのを)諦めたと思い、体を離しました」
検察官「動かなくなって、どれくらい経ってから離れたんですか」
市橋被告「…動かなくなってから離れました。…もう一度お願いします」
検察官「リンゼイさんが動かなくなって、どれくらい経ってから離れたのかを聞いています」
市橋被告「…リンゼイさんの体が動かなくなりました。諦めたんだと思い、体を離しました」
かみ合わないやり取りが繰り返される。
検察官「その後、人工呼吸をしたということですが、110番や119番通報はしていませんね」
市橋被告「はい」
検察官「近所の人に助けを求めたりもしていませんね」
突然、語調を強め、市橋被告が答える。
市橋被告「していません」
検察官「心臓マッサージや人工呼吸の後、息をしているかの確認はしましたか」
市橋被告「リンゼイさんが動きません。口元に、少し開いている口元に顔を近づけました。リンゼイさんは息をしていませんでした」
検察官「心臓が動いているか、脈を測りましたか」
市橋被告「していません」
検察官「なぜしなかったんですか」
市橋被告「リンゼイさんが動かないのを見て、心臓マッサージと人工呼吸を続けました。リンゼイさんの口元に顔を近づけたが、息をしていない。それで、私の身体の力が抜けました…申し訳ありません」
最後の一言で、にわかに声を震わせた市橋被告。ジュリアさんは椅子の背もたれに寄りかかり、目を閉じて微動だにしない。ここで堀田裁判長が予定時間を超えていることを検察側に告げ、休廷に入った。