(4)「私はリンゼイさんの遺体の毛髪を切ったはず」“記憶喪失”を訴える
平成19年3月に英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=が殺害された事件で、殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第4回公判で、市橋被告への検察側の被告人質問が続く。
男性検察官は事件当日の3月25日、市橋被告がリンゼイさんとタクシーで市橋被告方のマンションに向かった際のことを尋ねる。市橋被告は弁護側の被告人質問で、マンション近くでタクシーを停車させた際、運転手に「5、6分待っていてくれませんか」「5、6分後にきてくれませんか」と頼んだが、断られ、タクシーが走り去ったと説明していた。
検察官「リンゼイさんから『帰りはどうしたらいいのか』と言われ、とっさにタクシー運転手に『数分後にきてくれ』と言ったのではないですか」
市橋被告「違います」
検察側は冒頭陳述で、市橋被告が当初から強姦目的でリンゼイさんを自宅マンションまで連れて行ったと主張している。市橋被告がタクシーを呼び戻そうとした言動はとっさの機転だったに過ぎないとみているようだ。
検察官「リンゼイさんに『どうやって帰ったらいいのか』と聞かれ、どう答えたのですか」
市橋被告「私は何も言えませんでした。タクシーが去ったとき、リンゼイさんは不機嫌な表情をしていて、私はうまく説明することができなかったのです」
検察官は強姦時の状況に質問を移した。
検察官「玄関でリンゼイさんを押し倒した時点で、強姦をするつもりだったのですか」
市橋被告「はい」
市橋被告はこれまでの公判で、玄関でリンゼイさんに抱きつき、拒絶されて強姦に及んだと説明している。
検察官「ハグ(抱き合う合うこと)しようとして拒絶され、どうして強姦しようと思ったのですか」
市橋被告「玄関でリンゼイさんの後ろからハグをしようとしたとき、私はすでに『ハグをしてからリンゼイさんとキスや、セックスもしたい』と思っていました。でも…、でも…リンゼイさんは強く拒絶しました。それで私は誘惑に勝てず、リンゼイさんを強姦しようと思ったのです」
検察側の後方に座るリンゼイさんの母親のジュリアさんは頭を抱えた。
検察官「弁護人の質問で『どういうつもりで抱きついたのか』と聞かれ、『ハグしたかったから』と答えていましたよね?」
市橋被告「抱きついたのは最初にハグをしたかったからです」
検察官「キスやセックスをしたいと思ったのはいつの時点だったのですか」
市橋被告「リンゼイさんが私の部屋に入ってくれたときです」
検察官「リンゼイさんをどのように押し倒したのですか」
市橋被告「私はリンゼイさんが玄関に入った後、後ろから手を伸ばしてハグしようとしました。リンゼイさんが振り返り、私と顔と顔が向き合った状態で、強く拒絶しました。私はリンゼイさんを抱きかかえるようにして、玄関から続く廊下に押し倒しました」
検察官「押し倒した後、どうしましたか」
市橋被告「私は彼女の服を脱がせようとしました」
検察官「それでどうしましたか?」
市橋被告は少し間を置いてから答える。
市橋被告「私はリンゼイさんの服を脱がせました」
上下の服を脱がせ、全裸にしたと説明する市橋被告。リンゼイさんの父親のウィリアムさんは厳しい表情になった。
検察官「女性は服を脱がされそうになったら、ものすごく抵抗すると思うのですが、どう抑えて脱がせたのですか」
市橋被告「数分間、激しくもみ合いました。数分間もみ合いになり、彼女は…リンゼイさんは抵抗しなくなりました。疲れたのだと思います。リンゼイさんが抵抗しなくなったので、服を脱がせようとしました」
検察官「上下とも裸にしてから結束バンドを使ったのですか」
市橋被告「そうです」
ジュリアさんは首を振り、憤った表情を見せた。
検察官「リンゼイさんはもみ合った際、大声を上げましたか」
市橋被告「私が押し倒したとき、彼女は大きな声を上げました。内容は分かりません」
検察官「彼女が大声を上げないようにするために、何かしましたか」
市橋被告「はい。私はリンゼイさんの口を手でふさぎました」
検察官「リンゼイさんを脅すような言葉を言いませんでしたか」
市橋被告「言っていません」
検察官「言わない理由は?」
市橋被告「リンゼイさんは強く抵抗しており、それを抑えるのに精いっぱいだったからです」
検察官「あなたはなぜ(リンゼイさんの手足を縛るため)結束バンドを使おうと思ったのですか」
市橋被告「私がリンゼイさんを姦淫するとき、リンゼイさんが抵抗すると思ったからです」
検察官「(抵抗を抑える手段として)結束バンドを使おうと思いついたのはなぜですか」
市橋被告「リンゼイさんは力が強かったです。姦淫するときには何かで縛らないといけないと考え、思いついたのは以前に買って使っていなかった結束バンドでした」
市橋被告は弁護側の被告人質問で、結束バンドは部屋の配線コード類をまとめるために18年に購入し、事件当時は玄関の収納棚に置いていたと述べていた。
検察官「結束バンドを使う前に、粘着テープを使ったのではないですか」
市橋被告「使っていません」
検察官「廊下の柱にリンゼイさんの髪の毛がついた粘着テープが貼られていました。なぜですか」
市橋被告「姦淫したときに粘着テープは使っていません。もし柱にテープがあったのだとしたら、それはリンゼイさんが亡くなった後、私が貼ったもののはずです」
検察官は首をかしげ、質問を続ける。
検察官「なぜ貼る必要があったのですか」
市橋被告「これは、はっきり説明できないかもしれませんが、それでもいいですか」
検察官「はい」
市橋被告「リンゼイさんが亡くなった後、私は4畳半に倒れていたはずのリンゼイさんと、(取り外し可能で4畳半に置かれていた)浴槽を、一緒にか別々かは分かりませんが、浴室に運びました。私はそのことを覚えていないのですが、私がしたはずです。リンゼイさんのご遺体と浴槽を浴室に入れた後、私はリンゼイさんの髪を切っているはずです」
「私は粘着テープを以前から床の掃除によく使っていました。だから、私が床に落ちていた髪をテープで取ったのか…、そんなことをした…して、したから、廊下の柱についていたのかもしれません。覚えていないのですが、テープが柱についたのはそのとき以外に考えられません」
堀田真哉裁判長がここで休廷を宣言。約15分の休憩を挟み、午前11時50分から検察側による被告人質問が再開される。