(2)「警察に言わないから私を帰して!」リンゼイさんの悲痛な願いに被告は…
英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判第4回公判は、男性弁護人による市橋被告本人への被告人質問が進められている。
リンゼイさんを乱暴した後もかなくなに解放しようとせず、自宅に監禁し続けた市橋被告。この状況について質問する弁護人に対して「リンゼイさんに許してもらえたら帰したかった」との弁解を続けた。
市橋被告「リンゼイさんからは『警察には言わない。言わないから私を帰して!』と言われました」
弁護人「それを聞いて?」
市橋被告「帰してあげたかった」
弁護人「なぜ帰さなかったのですか」
弁護人はやや語気を強め、ゆっくり質問する。涙声で話し続けている市橋被告が、はなをすする音が法廷に響く。
市橋被告「私が顔を殴ったせいでリンゼイさんの目の下が黒くなっていました」
「いま帰したらリンゼイさんが警察に言わなくても、ルームメートや周囲の人たちが問題にする。『今は帰せない』と思いました」
検察官の後ろに座るリンゼイさんの父、ウィリアムさんは、鋭い目つきをしたまま、女性通訳の言葉に耳を傾けている。
弁護人「だから当時、付き合っていた女性に『1週間ぐらい会えない』とメールを出したわけですね?」
市橋被告「はい」
これまでの公判では、市橋被告がリンゼイさんに乱暴し、監禁した後の平成19年3月26日午前0時半ごろ、交際していた女性に『1週間ぐらい部屋にこもって勉強する。1週間電話しない』とメールを送ったとされる。
ここで弁護人が質問の内容を変える。
弁護人「逮捕されたとき、あなたは最初から黙秘していた?」
市橋被告「事件のことは、黙秘していました」
傍聴席から向かって正面に座るいずれも男性の裁判員6人は、一様に真剣な表情でメモをしたりしながら証言を聞いている。
弁護人「勾留質問で裁判官に何か言ったことは?」
市橋被告「あります」
逮捕後に行われた市橋被告に対する勾留の必要性を判断するための裁判所での答弁の内容を指しているようだ。
弁護人「何と?」
市橋被告「『亡くなった方はもう何も話すことはできません。自分が間違ったことを訂正したり、自分に有利になることは言うことができないので、何も言いません』と言いました」
弁護人「起訴の直前に事件の概要を話していますね?」
市橋被告「はい」
弁護人「供述調書に取られていますね?」
市橋被告「はい」
弁護人「なぜ、話す気になったのですか」
市橋被告「取調官からリンゼイさんの家族が来日していると聞きました。事件のことを話すことはありませんでしたが、謝罪はしたかった」
事件後、リンゼイさんの両親は、何度も来日し、事件解決を呼び掛け続けてきた。一言一言、言葉を選ぶように話す市橋被告は、感極まってきたのか、声の震えが大きくなった。
市橋被告「事件のことは話せない…。私は弱い人間です。事件のことを話すと、自分に有利な方に話をしてしまう。でも、謝罪だけはしたかった。でも、しゃべれない…」
市橋被告は震える声で供述に至った心の揺れを告白していく。法廷は市橋被告の声だけが響き、静まり返っている。
市橋被告「家族は、家族がどんなふうに亡くなったのか、どんな状況で亡くなったとしても、聞きたいと思っていると(取調官から)聞かされました」
「私は、どんなふうに亡くなったか、なんて(家族は)聞きたくないと思っていました。それ(取調官の話)を聞いて事件のことを話さないといけないと思いました。でも…」
心の葛藤を話す市橋被告の言葉を女性通訳がはっきりした口調で英語に翻訳していく。ウィリアムさんの隣に座るリンゼイさんの母のジュリアさんは、あごに手を当て、考えるような表情をしながらメモを取っている。
弁護人「調書は、読み聞かせてもらいましたか」
市橋被告「はい」
弁護人「内容に間違いは?」
市橋被告「事件の経過については正しいです。しかし、リンゼイさんが動かなくなったときの様子は違っていました」
弁護人「内容が違っているのに、署名をしたのはなぜ?」
市橋被告「私は、これでよかった。事件の流れがリンゼイさんのご両親に伝わればよかった。(両親に対する)謝罪の言葉をのせてもらった。それで十分でした」
ジュリアさんは首を軽く左右に振った。考え込むような表情のままメモを取り続けている。
弁護人「最後の質問です」
「あなたの供述を検察官は信用してくれましたか」
市橋被告「信用してくれませんでした」
弁護人「以上です」
ここで堀田真哉裁判長が5分間の休憩に入ることを告げた。