(3)母「祐輔さん、ごめんなさい」被告は…
裁判長にたしなめられ、検察側の質問は先に移った。歌織被告は赤い顔で前を見ている。
検察官「その後、歌織被告とホテルで会ったか?」
証人「娘(歌織被告)から連絡が来て、離婚のための話をしていると聞いた」
検察官「浮気について話していなかったか?」
証人「言っていた。女性がいると言っていた」
検察官「歌織被告は怒っている様子だったか?」
証人「怒っているというか…冷静…」
検察官「冷静?」
証人「冷静というか、ようやくこれで離婚できるというか…。祐輔さんに女性がいるとわかったので…」
検察官「だいぶ長いことホテルにいたが、他にはどんな話を?」
証人「離婚のことと…歌織(被告)自身、祐輔さんとの今までの経緯を話してくれた」
検察官「離婚するとはっきり言っていた?」
証人「はっきり言っていた」
検察官「時期については?」
証人「(平成19年)1月11日と言っていた」
検察官「なぜ1月11日と?」
証人「祐輔さんの方からの提案だと聞いている。そのころ、離婚しようという話が2人の間でついていると」
検察官「どうして?」
証人「祐輔さんが、離婚するにあたりボーナスと給料を半分渡すと」
検察官「歌織被告はそのとき、祐輔さんの会社に電話をかけた?」
証人「かけた」
検察官「その様子は見ていた?」
証人「はい」
検察官「誰にかけたのか?」
証人「担当部署の方」
検察官「理由は?」
証人「祐輔さんが、『うちの妻は精神的異常をきたしているので、電話があっても取り次がないように』と上司などに言っていた」
かみ合わない答えにいらだった検察側は、再度質問する。
検察官「そうではなく、なぜ電話をかけたのか、その理由は?」
証人「離婚話に進展がないので、同じ部署の人に話を聞いてもらうと」
検察官「止めなかったのか?」
証人「はい」
検察官「なぜ?」
証人「いろいろなことがあって、これ以上(結婚生活を)継続することは不可能なので、止めなかった」
検察官「祐輔さんがそれ(電話をかけたこと)を知ると、歌織被告は大変な目に遭うのでは?」
証人「何らかの手段を取らないといけないと…」
検察官「祐輔さんの暴力が心配では?」
証人「心配だった」
ここで、裁判長が、「立証事項がまだ残っているので、早くしてもらえないか」と検察側をせかす。検察側は質問のスピードを上げ、冒頭陳述に沿った証言を引き出そうとする。
検察官「電話は給与の振り込み口座を知るためでは?」
証人「知らない」
検察官「12月11日、事件の前日だが、被告と電話で話したか?」
証人「はい。女性と祐輔さんの会話をテープで録ったと。12時(午前0時)前に会ってほしいと祐輔さんに伝えたと」
検察官「12月14日の電話ではどんなことを?」
証人「お金を振り込んで欲しいと。前日もお金を渡したのになぜ必要なのかと言ったら、祐輔さんが生活費を持って飛び出したので、お金を振り込んでほしいと」
検察官「12月11日の話し合いのことは何か言っていなかったか?」
証人「12時を過ぎても帰って来ず、朝方帰ってきて、話し合いにならなかったと聞いた」
検察官「祐輔さんから『お前の顔なんて見たくない、出て行け』と言われたとは言っていなかったか?」
証人「そのとき初めて言われたかはわからないが、そう言っていた」
検察官「12月20日、実家に荷物を送ったが、なぜか?」
証人「別れて引っ越しをしたいので、荷物を送るから預かって欲しいと」
検察官「平成19年1月10日ごろの連絡ではなんと?」
証人「お金が振り込まれていないと」
検察側の質問はここで終わった。歌織被告は時折鼻をすすりながら、うつろな表情を浮かべている。続いて、弁護側が立ち上がった。
弁護人「証人は今、祐輔さんにどういう気持ちか?」
証人「本当に…祐輔さん、ごめんなさい…申し訳ありません」
弁護人「祐輔さんの家族に対しては?」
証人「申し訳ございません…すみません…本当に…」
感極まって、むせび泣く証人。嗚咽で言葉は聞き取れない。傍聴席に座っていた祐輔さんの遺族も、思わずハンカチで口を押さえて体を震わせた。しかし、歌織被告は表情ひとつ変えず、黙って前を見ていた。