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(8)暴言に暴力で応戦した咲被告

弁護側の被告人質問が始まって約1時間が過ぎた。証言台のいすに座る咲被告は、緊張感からか、息も絶え絶えといった様子になっている。

弁護人「(実家から家族とともにアパートに引っ越した平成19年)7月16日のやりとりを教えて。絵里子さんから何を言われたの?」

咲被告「結婚式の話」

弁護側によると、絵里子さんは実家を出て行く咲被告に、暴言を吐いた。絵里子さんは『早く出て行ってください』とメールを送信。『どうしてそういうことするの?』と訴える咲被告に、絵里子さんは『お前は何で結婚式教えてくれねえんだ? 子供は自分で面倒みろ。母親に迷惑かけんな』などと言ったという。

大きく息を吸い、マイクに体を近づけて答える咲被告。だが、相変わらずその声は小さく、裁判長すら時折、答えを聞き返すほどだ。

弁護人「今までにあったトラブルを全部言われたの?」

咲被告「…(黙ってうなずく)」

弁護人「スカートがなくなったとか、携帯電話がなくなったとか、健康食品がなくなったとか?」

咲被告「はい」

弁護人「物がなくなったことについて(絵里子さんは)なんと言っていたの?」

咲被告「…」

弁護人「具体的な言葉があったら教えてほしいんだけれど」

咲被告「…」

弁護人「覚えてないの?」

咲被告「…」

顔を左に傾けて、分からない様子の咲被告。弁護側が助けるように言葉をかける。

弁護人「大体でいいよ」

咲被告「物がなくなったのは私のせいで、なくなるのはおかしいと…」

弁護人「そのほかには?」

咲被告「『離婚していなくなるか、死んでいなくなるか、どっちかにしろ』『お前の一番大事なものを奪ってやる』と言われた」

弁護人「あなたは泣きながら聞いていた?」

咲被告「はい。それで…暴力をしました」

裁判長「ん? 誰が?」

咲被告「私が」

義妹の暴言を黙って聞いていたと思われた咲被告の“応戦”。咲被告が暴力的な人間と思われないための配慮か、弁護側はさらりと流す。

弁護人「抑えきれなくなっちゃったのね。結局話し合いでは仲良くならなくて、まだガスも引いていないアパートに引っ越したの?」

咲被告「はい」

弁護人「アパートに移ってからはどうだった?」

咲被告「(絵里子さんの言葉を)思い出し…」

弁護人「眠れない日が多かった? 一睡もできないことも?」

咲被告「はい」

弁護人「『一番大切なものを奪ってやる』と言われ、長女が殺されると思った?」

咲被告「はい」

弁護人「どうしてそう思ったのか?」

咲被告「…妹の性格がわかっていたので…」

犯行に至るまでの咲被告の心情を一つずつ明らかにしようとする弁護側に、裁判長が声をかけた。

裁判長「そろそろ時間です」

弁護人「表札がなくなったのに気づいたのは(平成19年)10月1日?」

咲被告「はい」

弁護人「どう思った?」

咲被告「家族じゃないと思われていると…」

そのときのことを思い出したのか、咲被告は泣きそうな声だ。弁護側の質問にうなずくことが多い咲被告を、弁護側は『自分の言葉で言って欲しい』とさとした。

弁護人「金づちを買う前のころは、(絵里子さんを)どう思ってた?」

咲被告「…」

弁護人「『雷に打たれて死ねばいい』とかは前から思っていたけれど、自分で殺そうと思ったのはいつ?」

咲被告「…」

弁護人「10月末ごろ?」

咲被告「…」

弁護側の質問にはっきり答えない咲被告。片耳に手をやり、身を乗り出して咲被告の言葉を聞いていた裁判長が、弁護側の質問をさえぎった。

裁判長「もうそろそろやめて下さい。1時間以上経ってますよ。聞いていると、直接、精神状態に関係ない質問が多い。次で最後にしてください」

弁護人「絵里子さんのタンスに表札を見つけたとき、どういう思いで犯行を決意した?」

咲被告「悔しくなって…今までのことを全部思い出して…」

弁護人「今やるしかないと思った?」

咲被告「はい」

弁護人「抑えられなかった?」

咲被告「はい」

弁護人「最後に、車を止めて絵里子さん宅に向かう時、どんな心境だった?」

咲被告「…」

弁護人「家の前で知人にあいさつしてるでしょ? (他人に見られていたら)アリバイも何もないと思うけれど、何で家に入っていくの?」

咲被告「自分も死ぬからいいやと思っていた」

犯行後、自殺を考えていたことを示唆する咲被告の証言で、弁護側の被告人質問は終わった。しかし、公判前整理手続きで争点となった咲被告の精神状態についての質問は時間切れとなった。続いて検察官が、被告人質問をするため立ち上がった。

⇒(9)「ピンクのひもだと分かっちゃう」