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(3)咲被告は「表札に名前がないことにショック」

検察側に引き続き、弁護側が冒頭陳述の読み上げを始める。咲被告は相変わらずうつむいたままだ。

弁護人「咲被告は、絵里子さんからいじめに遭っていた。絵里子さんは交際男性と別れて実家に戻ってくるや、自分の部屋で咲被告夫婦が生活していたことにショックを受け、子供ができ夫ともうまくやっていることに嫉妬(しっと)した」

「絵里子さんの初期のいじめは、自分のスカートがなくなったことを『あいつ、私のスカート盗みやがった』などと母に訴えた。また、咲被告の料理に文句をつけるなど多くのいじめを受けた。しかし、咲被告は口では言い返さず黙っていた」

弁護側は、咲被告が絵里子さんと一緒に働くようになってから、さらに絵里子さんのいじめがひどくなったと指摘する。

弁護人「絵里子さんは平成19年2月から、(咲被告の働く)施設で働き始めたが、介護福祉士の資格がないことから、咲被告を追い出そうとした」

「4月には自分の携帯電話がなくなったとわめきちらし、5月には財布がなくなったと訴えた。職場の人は絵里子さんをおかしな人と思っていた。施設の上層部は絵里子さんを解雇することも考えたが、親のコネがありできず、咲被告が異動することになった」

弁護側の冒頭陳述によると、異動が決まった咲被告に、絵里子さんは追い打ちをかけるかのような言葉をかけたという。

弁護人「絵里子さんとすれ違った際、『かわいそうだね』と声をかけられ、母を交えて話し合った。その際、絵里子さんは『私のどこが悪いか言ってみろ』と言った」

「咲被告は絵里子さんの車にひそかに傷を付けたが、絵里子さんは全く何とも思っておらず、仕返しは失敗した」

「平成19年7月16日には、絵里子さんのいじめを毎日受け、体に不調を訴えた。そのため、夫とともにアパートで暮らすようになった」

弁護側によると、絵里子さんは実家を出て行く咲被告に、さらに暴言を吐いたという。

弁護人「絵里子さんは『早く出て行ってください』とメールを送信した。『どうしてそういうことするの?』と訴える咲被告に、絵里子さんは『お前は何で結婚式教えてくれねえんだ? 子供は自分で面倒みろ。母親に迷惑かけんな』などと言った」

「さらに絵里子さんは『死んでいなくなるか、離婚していなくなるか選べ』と咲被告に迫った」

弁護側の冒頭陳述では、咲被告が受けたといういじめの数々が紹介される。咲被告が絵里子さんに対して殺意を覚えるようになったのは仕方ない、という論調に持って行こうとする戦術のようだ。

弁護人「咲被告は絵里子さんに『楽しそうにしているお前が許せない。一番大切なものを奪ってやる』などと言われたことから、長女に危害が加えられるのではと心配になった」

「10月始め、表札(に名前)がないことにショックを受け、排除されているという気持ちを強くした。絵里子さんの存在が離れなくなり、毎日のようにいじめられ、恐怖心から絵里子さんが死んでいなくなればと思うようになった」

弁護側の冒頭陳述は、犯行日の様子に移っていく。早口で小さい弁護側の声に対して、荒川英明裁判長が『もう少し大きな声で』とたびたび注意する。

弁護人「11月7日、今まで自分がされてきたことを思い出し、咲被告は感情を爆発させた。金づちで絵里子さんを2、3発殴ったが、頭から血は流れているが死なず、首を絞めた。しかし力もなかったことから首を刺した」

「翌日、警察に呼ばれ、夫から『本当のこと言ってね』と言われていたことから、犯行を自供した」

犯行に至るまでの確執の歴史と犯行状況を明らかにした弁護側。事実関係に争いはないものの、犯行当時の咲被告は心神耗弱だったと主張し、夫や友人が咲被告に寛大な処分を望んでいることを明らかにした。

弁護側の冒頭陳述の読み上げが終わると、不服そうな検察官が手を挙げて、立ち上がった。

検察官「弁護側の冒頭陳述には憶測に基づく部分が多い。『絵里子さんがスカートを盗もうと考えた』などは憶測ではないか?」

裁判長「こうした事実を直接的に示す証拠はないんだね?」

弁護人「はい」

検察官「咲被告が心身症だったというのは?」

裁判長「医学的見地からの裏打ちはない?」

弁護人「弁護人の考えだ」

検察官「絵里子さんの母の処罰感情について『必ずしも処罰感情は大きくない』と言ったが、本人に確認した訳じゃないのか?」

裁判長「夫の供述か?」

弁護人「その通りだ」

公判は、今後の裁判の進め方についてに移った。咲被告は今にも泣きそうな顔でうつむいている。

⇒(4)「義妹殺した後にチーズフォンデュ」