(9)「歌織被告は急性錯乱」 鑑定での発言には「相当の真実性」
歌織被告は依然として、背筋を伸ばした姿勢で真っ正面を凝視している。それが検察官を見ているのか、鑑定人を見ているのかうかがい知れない。弁護人は鑑定人の金吉晴氏に対し、「病状」の強さについて突っ込んだ質問をする。
弁護人「夢幻様状態や情動反応の強さは?」
金鑑定人「本人の言葉の強さから推測するしかないが、犯行時にはこれまでに感じたことのない強さだったと考えられる」
弁護人「脳に疾患はなかったか」
金鑑定人「その証明は難しい」
弁護人「事件直後に検査していれば、情動の程度がわかったか」
金鑑定人「程度がわかったかは不明だが、脳波は測定できた」
引き続き「病状」について聞く弁護人だが、犯行時に急激に病状が発症したのかどうかに質問を集中させる。犯行時に特に心神喪失だった、ということを強調したいようだ。
弁護人「夢幻様状態は突如起こったのか」
金鑑定人「そうです」
弁護人「急きょ起こったから、コントロールできなかったのか」
金鑑定人「コントロールできなかったかを判断するのは難しいところ」
弁護人「それは裁判所が判断することか」
金鑑定人「そうだ」
弁護人は「コントロールできなかった?」という質問を肯定させ、責任能力がなかったことを証明したかったようだが、金鑑定人は慎重な証言に終始した。続いて弁護人は木村一優鑑定人に聞く。
弁護人「(鑑定の速記録に)急性錯乱と記載しているが、どういう意味か」
木村鑑定人「記載の通りで、急激に幻覚体験や朦朧(もうろう)が生じること」
弁護人「被告を急性錯乱と言っていいのか」
木村鑑定人「言っていいのだろうとは思う」
弁護人はいろいろな角度から歌織被告が犯行時、精神異常をきたしていたことを強調したいようだ。再び質問は金鑑定人へ。
弁護人「昨年2月20日と27日の問診について速記録を提出しているが、40時間面接していれば他にもあると思うが」
金鑑定人「私が持っている。新しい診断がついたのでそこだけ抜粋した」
弁護人「検察官に言われたからか」
金鑑定人「そうだ」
弁護人「木村鑑定人に聞くが、シェルターに入って以降もDV(配偶者間暴力)は続いていたというが、祐輔さんのご遺族や会社の人、友人の調書もすべて読んだうえでの判断か」
木村鑑定人「はい」
「死人に口なし」を連発した検察側に対抗するため、弁護人はこうした質問で木村鑑定人の判断が正しいことを印象づけようとしたとみられる。
弁護人「被告はいっぱいしゃべる人という印象だが、被告が一番訴えたかったのは祐輔さんとの生活か」
木村鑑定人「被告は、DVに遭っていた苦しみを伝えたかったという思いでいっぱいだったようだ。それは世の中の人に知ってもらいたいということではない。DVの被害で孤立し、だれも信用できない状態で、鑑定という形で私たちに出会い、話したということだろう」
弁護人は同じ質問を金鑑定人にも振る。
金鑑定人「心の葛藤(かっとう)についてカウンセリングを受けたいと思っていたのだろう。(被告との面接は)DV被害者のカウンセリングをやっている雰囲気だった。被告は援助を求めている感じだった」
弁護人の質問は、歌織被告が祐輔さんからのDVで発症していたとされるPTSD(心的外傷後ストレス障害)に移る。これに対し、金鑑定人は−。
金鑑定人「私の経験上、PTSDを発症している女性の中には裁判で有利になろうとして誇張して話す人がいるが、被告に誇張している様子はなかった。(被告の発言には)相当の真実性があったと思う」
ここで弁護側の尋問が終わり、続いて裁判官の質問に移る。
女性裁判官「短期精神病性障害は発症してから徐々に軽くなり、ほぼ消失したのか」
金鑑定人「1カ月以内に軽症化する」
女性裁判官「突然治るということ?」
金鑑定人「(犯行から鑑定までの)時間が長いし、詳しく分からない。治る経過は把握していない」
男性裁判官「夢幻状態と情動反応の関係は?」
金鑑定人「夢幻様状態は一種の症候群で、いくつかの特徴ある症状が集まっている。何かが何かの原因になっているわけではない」
男性裁判官「意識障害の程度、記憶障害の程度は?」
金鑑定人「記憶がないことを記憶しているかは難しく、私どもがいつも感じるジレンマ。だんだん回復していったと判断している。意識障害は軽いものは本人はわからないし、重いものは記憶自体がなくなる」
予定時間の午後0時を過ぎても質問は続く。それだけ「責任能力の有無」という重い命題を判断することに慎重になっているからだろう。最後に、河本雅也裁判長の質問に移る。