(7)歌織被告は殺害後「笑っていた」 鑑定人のあいまい証言に裁判長は…
弁護側請求の鑑定人、木村一優医師への質問が続く。歌織被告が鑑定で訴えた『クリスマスツリーが大きく見えた』『裸の女性が血を流していた』『代々木公園が真っ暗に見えた』などの幻視は、どういった精神状態を表していたのか? 検察官は鑑定の状況についても細かく質問していった。
検察官「これらの発言は、すべて同じ日に出た話なのか?」
木村鑑定人「クリスマスツリーと代々木公園の話は(平成19年)12月26日だと思う。その日は、(歌織被告に)PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状がないか当たりをつけたいと思い、かなりしつこく(精神症状について)聞いたので日付を覚えている。PTSDの症状とは違うなと思ったが…。あと、『2年前ぐらいに来たおばあちゃんの姿(が見えた)』という話が出たのも、確かその日。裸の女性の話は確か、1月の8日か9日あたりだった」
検察官「木村先生は、これまでにも精神症状を話したがらない患者を多く見ているのか?」
木村鑑定人「はい」
検察官「そうすると、問診上のテクニックというようなものも持っているのか?」
木村鑑定人「患者が警戒していたり、不安なこともあると思うので、自分が(患者を)援助する立場であることを理解してもらいつつ、症状を聞いていく」
検察官「被告のときもか?」
木村鑑定人「(弁護人の依頼で)最初会ったときは30分しかなく、症状を直接聞いていたと思う。その後、裁判所からの依頼を受けて鑑定に入ってからは、(歌織被告は)かなり沢山のことを話すことがあったので、その話をよく聞いてから症状についても聞いた」
鑑定の際、歌織被告は犯行時の精神症状についてあまり話したがらず、鑑定を重ねるうちに出てきたのが幻視の話だったという。
検察官「クリスマスツリーの話が出たとき、他の幻視は疑ったか?」
木村鑑定人「はい」
検察官「その日のうちに他に何か見たり聞いたりしたか、聞いていないか?」
木村鑑定人「いいえ」
検察官「なぜ?」
木村鑑定人「時間がなかった」
検察官「その後、裸の女性の話が出たときも、他の幻視などは疑わなかったのか?」
木村鑑定人「疑ったが、DV(配偶者間暴力)の件など、(歌織被告は)非常に沢山の話をしていて、それを聞きながらだんだんと症状について聞いていたので…」
木村鑑定人は「非常に」の部分に力を込め、症状を聞く十分な時間がなかったことを強調した。歌織被告は、相当口数が多かったようだ。
検察官「被告には犯行時、さまざまな幻視、幻聴があったということでいいのか?」
木村鑑定人「厳密に言うとどうか自信はないが、まあ、ほぼ同じ」
検察官「それは、祐輔さんを殺すといった、犯行を支配するようなものではないのか?」
木村鑑定人「はい」
検察官「いずれも、過去のことなど被告が想像できるもののようだが?」
木村鑑定人「その質問に答えるならば、そうだ。短期精神病性障害というのは、(景色が)不思議な感じに見え、その不思議な体験を自分の体験に近づけて考えたりする症状がある」
つまり、自分の願望に基づいた幻視が表れるというよりも、逆に、見えた幻視を自分の体験に近づけて考えてしまうようだ。木村鑑定人は、鑑定結果で言及した『多幸感』についても説明する。
木村鑑定人「また、こうした夢幻様の状態では、高揚するというか、幸せな感じになる。現実の状況とは無関係で、普通だったら悲しい状況でも、不適切にそう感じる。後で(患者に)聞くと、『遊んでいるような感じだった』と答える人は多い」
検察官「(検察側請求の鑑定人の)金先生は、『被告は(犯行時に)自分の右肩が揺れているのを見て、自分が笑っているのに気づいた。これは、自分の気持ちとは関係ない、強迫症の症状』と指摘しているが?」
木村鑑定人「そう判断していいかは悩むが、自分が感じている感情とは違う感情が出てきたといえる」
検察官「被告はどういう感情だったのか?」
木村鑑定人「そこまでは聞けていない」
検察官「2月20日の鑑定では、被告に(犯行時)笑っていたか質問したか?」
木村鑑定人「多分、したと思う」
検察官「被告は何と答えた?」
木村鑑定人「確か、『自分の体が揺れているのを見て、(笑っているのに)気づいた』と…」
検察官「本当ですか?」
木村鑑定人「違いました?」
検察官と顔を見合わせた後、河本雅也裁判長が申し訳なさそうに言葉を続けた。
裁判長「明らかに記録と証言が違うのだが…」
歌織被告は手のひらで、鼻をこすっている。
検察官「2月20日、金先生はやりとりをICレコーダーに録音している。これを文章にしたものは、金先生から受け取っていないか?」
木村鑑定人「はっきりしない。私もこのとき、記録はとっていたので」
検察官が証言台横まで進み、木村鑑定人に録音内容を書き起こした文書を見せた。
検察官「ここを見ると、鑑定人の質問に対して被告はこう答えている」
検察官がゆっくりと文書を読み上げた。
「(細かい状況は)わからない。ただ一つびっくりしたのは、朝、すごく天気が良かったこと」「彼が生きているときは、天気が良くても暗く見えていた」「母が『明けない朝はない』と言っていて、『そんなの絶対ウソ』って思っていたけど」「彼(祐輔さん)を殺してから、怖くて仕方なかった代々木公園がきれいに見えた」「そのとき、(自分は)笑っていた」。
検察官「こういうやりとりはなかったか?」
木村鑑定人「ううーん…」
裁判長「思いだせないなら、思いだせないでいいので」
困ったように首をひねる木村鑑定人の様子を見かねたのか、河本裁判長が言葉をかけた。一方の歌織被告は、眠そうに目を細めて斜め右下を見たままだ。