第3回公判(2010.11.29)

 

(9)「殺害は自分の意思で決意」と鑑定医 妄想性障害の解消は「難しい面あるかも…」

中央大学

 殺人罪に問われた中央大学卒業生で元家庭用品販売店従業員、山本竜太被告(29)の精神鑑定を行った女性鑑定医が、犯行当時の精神状態について詳しく説明している。鑑定医によれば、山本被告は当時、「妄想性障害」にかかっていた。鑑定医は「妄想が犯行に至る過程、特に動機に大きな影響を与えた」とする一方、「妄想が犯行当時の考えや行動のすべてにわたって強く影響を与えていたとはいえない」と判断したという。男性検察官が、疑問点をぶつけていく。

検察官「一般的な精神障害は『あいつを殺せ』という声が聞こえたりするのですか」

鑑定医「それは幻聴と言って、妄想とはまったく違います」

検察官「被告には幻聴はあったのでしょうか」

鑑定医「ありませんでした」

検察官「被告は高窪教授の殺害を決意した後、何度か逡巡(しゅんじゅん)し、自分の意志で思いとどまったこともあるそうです。これは、被告が妄想に完全に支配されていたわけではないことを示しているのですか」

鑑定医「そうです」

検察官「妄想の中では、(決意が)揺らがないものもあるのですか」

鑑定医「あります」

検察官「被告の妄想はそこまで強いものではなかったのですか」

鑑定医「そこまで強いものではなかったと思います」

 検察官は、山本被告の治療方法についてどのような手段が考えられるのかについても尋ねた。

検察官「先生でしたら、どのように治療されますか」

鑑定医「鑑定の中では薬を使わなくても、話を聞く中で、妄想がかなり訂正されていましたので、カウンセリングなどが考えられます。妄想を抑えるために薬を服用する可能性もありますが、彼の場合は、環境を調整するだけで直るかもしれません」

検察官「高度な専門施設でないと治療はできないのでしょうか」

鑑定医「そんなことはありません」

検察官「鑑定中に被告に薬を飲んでもらったことはありますか」

鑑定医「ありません」

検察官「それにもかかわらず、被告の症状が改善したということですか」

鑑定医「はい」

 被告人席の山本被告は青白い顔をしたまま、表情を変えずに前を見つめている。

検察官「被告の妄想性障害というのはよくあるものなのですか」

鑑定医「妄想性障害は一般生活に支障がないので、障害を持ちながらも病気と診断されず、一般生活を送っている人もいるかもしれません」

検察官「妄想性障害の人が犯罪を犯しやすいということはあるのでしょうか」

鑑定医「ありません。周囲にいる人は迷惑をかけられているかもしれませんが、特に犯罪に結びつくということはありません」

検察官「被告は平成20年5月に高窪教授の殺害を決意し、8カ月間も入念に準備をしていますが、このときの精神状態はどういうものだったのでしょうか」

鑑定医「鑑定で彼が言っていたのは、『今すぐ殺される』というよりも、『長い目で見たら殺される。精神的に追い込んで、自殺に追い込もうとしているかもしれない』ということでした」

検察官「『武士の精神』という言葉は鑑定で聞きましたか」

鑑定医「はい」

 検察側が証拠提出した供述調書によると、山本被告は動機について「幕末に武士が誰かに嫌がらせを受けたとしたら、武士として(殺害を)やったと思います」と説明。同様の話を鑑定でもしたという。

検察官「武士の精神というのは、障害とは関係ありますか」

鑑定医「病気とは関係なく、彼のパーソナリティーによるものだと思います」

検察官「彼が犯行前に思いとどまることを期待できたと思いますか」

鑑定医「おそらく期待できたと思います。高窪教授に食中毒のことなどについて尋ねていれば、事件にならなかったかもしれないです」

 山本被告は卒業前に開かれた研究室の「お別れ会」で食中毒となったことから「研究室全体に陥れられたのではないか」という不信感を抱く。この事実を確かめるために、高窪さんの元を2度訪れたが、結局は食中毒などについての質問をすることはできなかったという。被告人質問では山本被告自身も、「ちゃんと確かめておけばよかった」と述べていた。鑑定医はさらに続けた。

鑑定医「もっとさかのぼれば、彼が『精神科に行った方がいいか』と(母親に)尋ねた時点で、周りが受診させていれば違ったかもしれません」

検察官「『人を殺すのは悪いこと』という認識自体に、妄想性障害が影響を与えることはありますか」

鑑定医「それはありません」

検察官「殺害は自分で意志決定をしたということですか」

鑑定医「それは本人の意志で決定したと思います」

 男性検察官が「以上です」と尋問の終了を告げると、代わって男性弁護人が質問に立った。

弁護人「「最後の質問と関連しますが、動機と決意は異なるものととらえていらっしゃるのでしょうか」

鑑定医「動機は感情的なもので、決意はもっと行動にかかわるものです」

弁護人「「動機が決意に影響を与えることはありますか」

鑑定医「人によって違います。彼もまったく関連がなかったとは言えません」

弁護人「「これまでの被告人質問をご覧になって、鑑定の時と妄想の程度において何か違いはありますか」

鑑定医「鑑定面接のときは、妄想をほぼ否定していました」

弁護人「「それは鑑定初期からですか」

鑑定医「初期ではかなり(妄想の)確信度が高いようでした」

弁護人「「妄想に罹患(りかん)した者が、一般の人から『その妄想は勘違いだ』といわれた場合、修正は可能なのですか」

鑑定医「彼の場合はパーソナリティーの影響が大きく、なかなか訂正しづらかったところがあると思います」

 弁護人は、山本被告の両親の印象についても質問した。女性鑑定医は、両親と3回面談を行い、面談時間は1回あたり4時間程度に及んだという。

弁護人「「両親の言動が妄想に影響した可能性はありますか」

鑑定医「妄想を抱くこと自体に影響はなくても、妄想を抑えるのとは逆の方向に働くことはあったかもしれないと感じました」

弁護人「「被告は妄想について修正できるパーソナリティーにあると判断されていますか」

鑑定医「…。修正する行動を取れるだけの認識はあったと思います」

弁護人「「これから先、適正な対処があれば妄想性障害を小さくしたり消したりすることはできるのでしょうか」

鑑定医「彼は妄想性パーソナリティー障害を基盤にしているため、難しい面はあるかもしれません」

「妄想性パーソナリティー障害」とは、妄想を抱きやすい性格傾向のこと。鑑定医は山本被告にはもともと、疑り深い性格があり、これが進行することで「高窪教授が自分の命を狙っている」と考えるようになったという。

弁護人「「さきほど言っていた、環境調整とはどういうことですか」

鑑定医「日々の生活で小さな疑問を持ったときに、彼が相談できる人、それも彼が信頼できる人がいるといいと思います」

 この後、数問のやり取りを経て、弁護人の質問が終了した。再び、検察官が質問を始めた。

検察官「被告が社会に出た場合、症状にはどのような影響が考えられますか」

鑑定医「社会に出た方が、現実的なストレスがあります。今出ると、過剰なストレスや母親の影響で、引きこもったり、妄想を持ったりするかもしれません」

検察官「それは被告の治療面では?」

鑑定医「必ずしもいいとは言えません」

検察官「被告は圧力団体の妄想を捨て切れていませんが、治療でこういう妄想が消えることはありますか」

鑑定医「一つはもともと疑い深い性格なので、100%払拭(ふっしょく)することは難しいかもしれません。彼は疑いがすべて払拭されていないという状態です。絶対にそれが違うということが証明されないと払拭はされませんが、その証明は難しい。落ち着いた生活を送るうちに、払拭というよりも記憶から薄れていくかもしれません」

 鑑定医の説明に、男性裁判員が小さくうなずきながら耳を傾けている。

⇒(10)「後悔する日は来るのか」「再発の可能性は」鑑定医に尋ねる裁判員