第3回公判(2010.11.29)
(6)裁判所にも「もしかしたら圧力団体が…」裁判長困惑
恩師で中央大理工学部教授の高窪統さん=当時(45)=を刺殺したとして、殺人罪に問われた教え子の家庭用品販売店従業員、山本竜太被告(29)の公判は約5分の休廷後、今崎幸彦裁判長が再開を告げた。次は裁判所側からの被告人質問だ。裁判員からの質問があるかどうかが注目される。
裁判長「今度は裁判所の方から質問します。4番の方」
今崎裁判長が、左から3番目のスーツ姿の男性裁判員を指名した。
裁判員「被告人は人間関係学を学びたいと話していましたが、その理由を教えてください」
男性裁判員はしっかりとした口調で質問した。
山本被告「はい。社会に出てから人間関係を築いていく上で、人間関係が重要になっていくので学びたいと思いました。漠然とはしているのですが、心理学科に入学し、人とのコミュニケーションについて学びたいと思いました」
裁判員「それはいつごろからですか」
山本被告「高校の3年の時からです」
裁判員「はい分かりました」
山本被告は淡々とした口調で答える。続けて、今崎裁判長の右側の男性裁判官が早口で質問を始めた。
裁判官「あなたの供述で『(1)自殺する(2)いじめ殺される(3)(高窪教授を)殺す−の3つの選択肢があった』とありますが、2つ目の選択肢、なぜ殺されることになるのかが分かりにくい。どうして殺されることにつながるのですか」
山本被告「『いじめじゃない』『ありえない』などと言われたり、レストランなどに行ったときに毒を盛られたり、電車に乗るときにホームから落とされると考えるようになっていったことが主な殺されると思う理由です。(高窪教授に)『怖い』と言われたり、自宅前のシャッターが何度も思い切り閉まったりして精神的にめいってしまい、殺されると思いました」
裁判官「実際にレストランで毒を盛られたことは?」
山本被告「ありました。平塚に引っ越したとき、レストランに母と月に1回くらい行っていましたが、食事に毒を盛られていると思うことがありました」
裁判官「それは、においや味がおかしかったの?」
山本被告「はい、食べてみたときに変な味がしました。もしかしたら毒が盛られているのかと思いました」
裁判官「残したの?」
山本被告「残しました」
裁判官「母親に『なぜ残すの』と聞かれなかった?」
山本被告「(母に)『もう食べないの?』と聞かれました。『毒が盛られていると思っているの』とは言われませんでした」
裁判官「ホームに落とされると思ったことはいつ?」
山本被告「大学に高窪教授を殺そうと思っていった、成績証明書を取りにいった一番初めのときです」
裁判官「具体的に突き落とすそぶりの人はいた?」
山本被告「いなかったですけれど、ホームに行ったときに『もしかしたらされるかも』と思ったことがありました」
裁判官「(高窪教授殺害の)決意が揺らぐことはなかったの?」
山本被告「ありました」
裁判官「具体的にはいつごろ?」
山本被告「高窪教授を殺そうと思った後も、平成20年…、年代は忘れましたが、平塚に移って(高窪教授を)殺そうと準備していたときに、『人を殺すために大学を卒業したわけではない』という気持ちが何度もわき起こっていました」
裁判官「先日の(被告人質問の)話では『決意は揺らぐことはない』とありましたが、揺らぐことはあったんですね?」
山本被告「はい」
右端の女性裁判員は被告をじっと見つめている。
裁判官「圧力団体のことを聞きます。(団体は)あなたの嫌がらせのために作られたと思っていますか」
山本被告「はい」
裁判官「高窪教授が要(かなめ)だと思っていますか」
山本被告「はい」
裁判官「他のメンバーは誰?」
山本被告「あとは平塚に一緒に住んでいた叔父も所属しているかもと思っていました。高窪教授と親しくしている企業の人や教授も所属していると思っていました」
裁判官「研究室の人は?」
山本被告「(所属していると)思っていました」
裁判官「弁護人の調書で、(盗聴器の心配をした被告に)『そんなことはないよ』と言う人がいましたが、この人も圧力団体の1人と思っていましたか」
山本被告「思っていました」
裁判官「今も(圧力団体があるという)気持ちは残っていますか」
山本被告「50%残っています」
裁判官「いま、裁判を裁判官や弁護士、検察官でやっていますが、この中に圧力団体の人はいますか」
山本被告「あー、うーん…半信半疑という(気持ち)」
裁判官「もしかしたらいるという思いはあるんですね?」
山本被告「はい」
今崎裁判長は困惑した表情で宙を見つめた。
裁判官「両親は面会に来てくれますか」
山本被告「はい」
裁判官「どんな話をしますか」
山本被告「食事をちゃんととっているか、寒くないかと心配してくれます」
裁判官「あなたはどんな話をしますか」
山本被告「ちゃんと食事をとっていて、寒くないように布団をかぶって寝ていると。事件のことはあまり触れずに話しています」
裁判官「今後のこと、弁護人の被告人質問では刑務所に行きカウンセリングや治療を受けると話してますが、両親には話しましたか」
山本被告「まだ話していないです」
左端の女性裁判員は伏し目がちに手元の資料を見つめている。ここで、質問者が、今崎裁判長の左側の男性裁判官に交代した。
裁判官「これまで人生でうれしかったこと、心が温かくなった経験は?」
山本被告「大学受験でちゃんと受かったときが一番うれしかったです。母も父も、特に母が喜んで『大学受かってよかったね』と言われたときが、私にとって最高にうれしい瞬間でした。『勉強頑張るから学費お願いね』といったと思います。そのときが一番うれしく、記憶に残っています」
裁判官「他には?」
山本被告「うーん、ほかには、大学を卒業できると分かったとき、卒業したときに両親が喜んでくれたときがうれしかったときだったと思います」
裁判官「両親が喜んでくれたときがあなたがうれしかったときだったんですね?」
山本被告「はい」
さらに男性裁判官は、山本被告の主張する“圧力団体”から実際に何をされたかを質問。山本被告は『信号無視の車が近づいてきたことがあった』と答えた。また、圧力団体ができた経緯について、山本被告は『高窪教授が(自分を)恨んでいる気持ちがあると思っていた』と述べた。
裁判官「あなたは(高窪教授に)卒業させてもらい感謝している?」
山本被告「はい」
裁判官「どうしてあなたを憎んでいる人がそういうことをするの?」
山本被告「100%の恨みではなく、50%の恨みと50%の恨みではない学生としてちゃんと見ていたと思います。必ずしも100%の恨みではないと思います」
右から2番目の男性裁判員は考え込むように左手でほおをかいた。
裁判官「高窪教授は一方であなたにいいことをして、一方で悪いことをした。両方やっていて打ち消しあって『まあいいや』とはならなかったの?」
山本被告「ならなかったですね」
裁判官「どうして?」
山本被告「心のどこかに怒りを持っていました」
裁判官「いいことしてもらった気持ちは?」
山本被告「ならなかったです。どうしてか自分でもよく分からないです」
裁判官「怒りの気持ちから殺害を決意したとあるが、憎しみはないの?」
山本被告「憎しみだと恨みの気持ちが入ってくる。恨みはなく、『どうしてそういう嫌がらせをするの』という怒りの気持ちだった」
裁判官「悪いことをしかる気持ち?」
山本被告「はい、そういう感情です」
裁判官「教授の出方では許す気持ちだった?」
山本被告「はい。どうして(嫌がらせを)するのか理由を説明してくれれば許したと思う。質問したかったけれど、できなかったのでこういうことになってしまった」
裁判官「聞いてから殺害をしようとは思わなかったの?」
山本被告「そう考える前に行動してしまいました」
ここで今崎裁判長が裁判員に質問をうながす。また、左から3番目の男性裁判員が質問した。
裁判員「当時はそう思っていた、嫌がらせをされたから殺しても仕方ないと話していましたが、今の現在は正直どう思っていますか」
山本被告「今現在は、殺すべきではなかった、もう少し先のことを考えて、質問してからでも遅くはなかったと思います」
裁判員「ありがとうございます」
男性裁判員は険しい表情で質問を終えた。続けて今崎裁判長が高窪教授を執拗(しつよう)に刺した犯行時の心境を質問。山本被告は「感情が高ぶっていたと思う」「(圧力団体が助けにくることを)恐れていたと思う」と述べた。
裁判長「徹底的に攻撃して殺さないと、高窪教授に反撃したり、生き返ったりすると心配だったのですか」
山本被告「あ、はい。そういうことを恐れていました」
裁判長「質問に素直に答えてくれていますが、こっちに合わせる必要はありませんよ。そういう(高窪教授が反撃したり、生き返ったりすることを恐れていた)ことがあったのですか」
山本被告「ありました」
今崎裁判長は左右に座る裁判員らに視線を巡らせ、質問がないか確認したが、裁判員らから質問はなかった。弁護士が質問を求め、今崎裁判長が認める。
弁護人「高窪教授を殺す以外で、軽い暴力を講じることを考えたか裁判長から聞かれ、『考えられなかった』と答えていました。私が以前、同じ質問をしたとき、『軽い攻撃だとさらに強い反撃があるかもしれないから、殺すしかなかった』と答えていました。どちらのやり取りが正しいのですか」
山本被告「前のやり取りが正しいです」
弁護人「私とのやり取りが正しいのですか」
山本被告「はい」
弁護人の追加の質問が終わり、被告人質問が終了した。今崎裁判長に促され、山本被告は被告人席に戻っていった。
法廷は約30分の休廷後に午後2時50分から再開され、起訴前に山本被告の精神鑑定を行った鑑定医に対する証人尋問が行われる。