第3回公判(2010.11.29)
(8)教授への被害妄想「好きな子のちょっとした仕草で不安になるのと同じ」
中央大理工学部教授の高窪統(はじめ)さん=当時(45)=を刺殺したとして殺人罪に問われている卒業生で家庭用品販売店従業員、山本竜太被告(29)の精神鑑定を行った鑑定医の証人尋問は、大学時代の心理状況の説明に移った。裁判員らはみけんにしわを寄せながら、メモを取るなどしていた。
廷内の左右に設置されたモニターに映し出されているのは、大学入学後の行動が記された資料。鑑定医はその資料に沿って、山本被告が犯行に至るまでの行動と心理状況を説明していく。
山本被告は、瞬きをする以外ほとんど動かず、真っすぐ正面のモニターを見据えていた。
鑑定医「大学に入ると、勉強が難しく友人もつくる余裕がありませんでした。バイオリンを壊したりしました」
9月以降、山本被告はさらに勉強についていけず、ますます不安を募らせていく。2年次に文系の大学を受験したが不合格となったことから、その後は中央大学で懸命に勉強に取り組もうとした。
鑑定医「いつも授業時は前の方に座り、帰宅してもベッドに入らず、起きたらすぐ勉強できるように机に伏せて寝ていました。大学の勉強についていけないという不安から、次第に周囲の出来事を被害的にとらえていったことが分かります」
本人の希望通りに高窪さんの研究室に入ったあと、山本被告はほかの学生に対する高窪さんの発言を「自分への当てこすりだ」と感じるようになったり、盗聴されたりしているかもしれないという思いを募らせていく。
鑑定医「平成15年8月にゼミ旅行に行かず、母親と旅行していたことも、母親が本人(山本被告)に内緒で研究室に伝えていましたが、それを『盗聴されている』と感じるようになりました」
そしてこの年の12月、忘年会で食中毒になったことで高窪さんや研究室への不信感が一気に高まった。
鑑定医「このように、さまざまな出来事を被害的にとらえ、食中毒になったことを契機に被害妄想の矛先が高窪教授と研究室に向いていったと考えられます」
続いて、就職後の山本被告の行動と心理状態についても説明した。
そして、このときの山本被告の考え方について、鑑定時の本人の言葉を用いながら明らかにしていった。
鑑定医「もともと教授というものはえたいが知れないと思っていました。権力や人脈があり、巨大な力を感じていました。就職先に対して、『あの学生は気にくわないから圧力をかけなさい』ということができると思っていました」
「教授というのは雲の上の存在で、尊敬できるし、怖いという思いもありました。高窪先生に対しても恐怖心を持っていたんじゃないかと思います」
「家にいても仕事をしていても、集中できず、一生懸命やっても意味がないと感じるようになっていきました」
裁判員らは険しい表情で、手元のモニターを見つめている。
鑑定医は就職後の妄想性障害が拡大していった過程について説明した。さまざまな些細(ささい)なことで「ネットで悪口を広められている」「向かいの住民が自分を避けてシャッターを閉める」など妄想をふくらませていったという。
鑑定医「一連の出来事は、高窪教授を擁護する圧力団体が信用調査会社に依頼して監視しているものと感じ、最終的には命を狙おうとしていると考えるようになっていきました」
「さまざまな出来事をつなぎ合わせ、一つの大きな妄想に発展したと言えるでしょう」
鑑定医はここで山本被告の疑り深い性格を木の幹に例えた。木と、リンゴのような形をした木の実の絵をモニターに映し、説明を始める。
鑑定医「この木の実は疑いを意味しており、環境によって大きくなったり、小さくなったりします。山本被告の場合、この木の幹に、一つの大きな妄想の木の実を付けたといえるでしょう」
ここで、鑑定医は説明のまとめに入る。
鑑定医「事件は山本被告の妄想に基づいており、妄想性障害は、事件に非常に大きな影響を与えているでしょう」
「しかし、行動はとっぴではなく、現実の体験から生じた内容であること、犯行前に何度か躊躇(ちゅうちょ)していること、犯行後に自分の妄想の確信が下がっていることから、妄想性障害が犯行時の考えや行動すべてに渡って影響しているわけではないといえます」
鑑定医はさらに「すべてに影響していない」とする理由についてこう付け加えた。
鑑定医「山本被告は法的に悪いという認識があり、目的に即した精密な準備や行動をしています。妄想性障害は本人の疑り深い性格から生じており、訂正できないほど大きな精神障害ではないといえます」
「鑑定結果は以上です」
鑑定医からの報告が終わると、裁判員らはふっと息を吐きながら顔をあげるなどしていた。山本被告は真っすぐ向いたまま、その姿勢を崩していない。
裁判長「それでは続いて検察側から質問をお願いします」
今崎幸彦裁判長が検察官に促し、男性検察官がすっと立ち上がって丁寧な口調で質問を始めた。
検察官「鑑定はお一人で実施されたのですか」
鑑定医「いいえ、同じ病院の実績を積んでいる先生と一緒に行いました」
検察官「通常の2、3倍の時間の手間をかけたんですよね?」
鑑定医「はい」
さらに妄想性障害の内容についても、山本被告の疑り深い性格から派生したものだということを確認した。
検察官「なぜ高窪教授だけに妄想が向いたのでしょうか」
鑑定医「高窪教授に尊敬やあこがれがあったので、小さな言動で不安になったと考えられます」
検察官「分かりやすい例を挙げるとどういうことでしょうか」
鑑定医「好きな子のちょっとしたしぐさで過剰に不安になったり、疑り深くなったりすることがあります。同じような状態だったと思います」
鑑定医と検察官へのやりとりの最中も、山本被告はじっと動かないまま聞いていた。