第3回公判(2010.11.29)
(1)「あの世で教授と新たな出会いができたら」…絵馬に記した「終生新旅」の意味語る被告
中央大学理工学部教授の高窪統(はじめ)さん=当時(45)=を刺殺したとして殺人罪に問われた卒業生で元家庭用品販売店従業員、山本竜太被告(29)の裁判員裁判員第3回公判が29日午前9時58分、東京地裁(今崎幸彦裁判長)で始まった。
「自分を監視する団体のトップである高窪教授を殺害すれば、これら(事件前に発生していた見知らぬ人に話しかけられるなど)の出来事の首謀者が分かると思った」。第2回公判から始まった被告人質問で、弁護人の問いに対し、犯行動機をこう話した山本被告。検察側と弁護側の双方ともに、山本被告が犯行当時、妄想性障害にかかっており心神耗弱状態だったという点に争いはない。争点はどのような刑を科すべきかという点に絞られている。
この日の第3回公判では、引き続き被告人質問が行われるほか、山本被告の精神鑑定を行った医師に対する証人尋問も予定されている。専門用語が飛び交い、プロの裁判官でも悩むことが多いといわれる精神鑑定医への証人尋問。今回のポイントでもある被告の犯行当時の精神状態を、裁判員は精神鑑定医の言葉から、どのように理解し、判断するのだろうか。
午前9時55分、東京地裁104号法廷に、山本被告が入ってきた。濃い灰色をしたタートルネックのセーターに黒のズボン姿。弁護人の横に座ると、中腰の姿勢でささやいてくる弁護人に対し、何回もうなずいている。
9時58分、6人の裁判員と2人の補助裁判員が入廷し、今崎裁判長が開廷を告げる。
裁判長「それでは、開廷いたします。前回に引き続き、被告人質問を行います。被告、前に出てきてください」
今崎裁判長に促され、証言台に向かう山本被告。
裁判長「弁護人お願いします」
男性弁護人が席を立つ。
弁護人「では質問を始めます」
弁護人はゆっくりとした口調で、前回に引き続き質問を始めた。
弁護人「今回は少しネジを巻き戻して話を聞きたいと思います。(事件直前の)昨年の正月、あなたは手紙を書きましたね。誰に向かって書きましたか」
山本被告「主に母親です」
弁護人「(当時、まだ起きていなかった)今回の事件が、あたかも過去形のように書かれていますが、これは意識して書いたのですか」
山本被告「はい、意識しました」
弁護人「どんな気持ちで書きましたか」
山本被告「(事件後に)逮捕されたり、誰かに殺害されたりする前に、母に気持ちを理解してほしいと思っていました」
弁護人「逮捕されることと、殺されること、どちらの可能性が高いと思っていましたか」
山本被告「後者の方です」
ここから、弁護人の質問は、事件前に山本被告が存在すると信じていたとされる「高窪教授が首謀者の圧力団体」に関するものに移っていく。
弁護人「高窪教授を要(かなめ)とする圧力団体が存在する確率はパーセントでいうと、どれぐらいでしたか。100%でしたか」
山本被告「事件当時は100%でした」
弁護人「あなたは、事件の動機について、高窪教授を殺せば教授が団体の首謀者かどうか分かる、と話していましたが、これは、高窪教授が首謀者であるという確信を持っていなかった、ということではないんですか」
山本被告「確信を持っていたからこそ、高窪教授を殺せば、何か分かると思っていました」
あくまでも高窪教授によって、身の周りの不審な出来事が起きていたと信じていたという山本被告。裁判員は、手元のモニターや山本被告の顔を見つめながら、真剣な表情でやりとりを聞いている。
弁護人はさらに、高窪教授殺害後の心境や行動の意味について問いかける。高窪教授殺害後、歩いてJR飯田橋駅まで向かい、神奈川県の平塚駅まで電車に乗っていった山本被告。駅到着後は平塚八幡宮へ向かったという。
弁護人「平塚天満宮(実際には平塚八幡宮のこと)に寄りましたが、いつの時点から(寄ることを)考えていましたか」
山本被告「駅に着いた時点です」
弁護人「何をしようとしましたか」
山本被告「お参りして気持ちを落ち着かせようと思いました」
弁護人「どんなことをお参りしようと思いました?」
山本被告「…」
何を答えればいいのか迷っているような山本被告。弁護人は質問の仕方を変えた。
弁護人「殺害当時、高窪教授を憎んでいましたか」
山本被告「憎しみではなく、怒りだったと思います」
弁護人「殺害成功後、怒りの気持ちは整理できましたか」
山本被告「はい」
弁護人「達成感は?」
山本被告「感じました」
弁護人「天満宮(実際には平塚八幡宮)で参拝することは、達成感を持てたことの報告ですか」
山本被告「いえ、違います」
弁護人「では、何をしようと思ったのですか」
山本被告「もしかしたら、誰かが自分の命を狙ってくるかもしれないので、もし命を落としたときに、あの世で新たな旅ができるようにと思い、お参りしました」
このお参りの際に、山本被告は「終生新旅(しゅうせいしんりょ)」と書いた絵馬を奉納している。
弁護人「絵馬を書こうとどの時点で考えましたか」
山本被告「お参りの後です」
弁護人「『終生新旅』の『終生』は、具体的に何をイメージしたのですか」
山本被告「誰かから命を奪われて死んでしまうかもしれない、あるいは法廷で死刑になるかもしれない。そうなったら、あの世で新たな旅ができるようにと思って書きました」
弁護人「『終生』とは、あなたの命が終わるということ?」
山本被告「私と高窪教授です」
弁護人「『終生新旅』とは、あの世で高窪教授と出会えればいいという意味が入っているのですか」
山本被告「はい」
弁護人「あの世では、高窪教授と仲良くできると思ったのですか」
山本被告「この世ではいい出会いができなかったけど、あの世ではいい出会いができればと思いました」
死後の世界で高窪教授との新たな出会いを願い、絵馬に「終生新旅」と記した山本被告。その後、当時住んでいた叔父の家に帰宅した。
弁護人「(事件当日の)夜は何をしていましたか」
山本被告「(凶器として用意した)枝切りばさみをそばに置き、電気ストーブの脇で体育座りをして、寝ないでいました」
圧力団体の首謀者である高窪教授を殺害したことで、団体の攻撃があると考えていたという山本被告。だが、予想は外れたたようだ。
弁護人「事件後、圧力団体から攻撃は?」
山本被告「なくなりました」
弁護人「理由は考えましたか」
山本被告「考えたけど、うまく考えることができませんでした」
ここで山本被告は、実は高窪教授が首謀者ではないのではないか、と思い始めたという。
弁護人「首謀者じゃないことから、目立った攻撃はしてこないのではと考えたのではないですか」
山本被告「はい」
弁護人「逮捕されたときの気持ちは?」
山本被告「ほっとしました」
弁護人「何にほっとしましたか」
山本被告「圧力団体ではなく、ちゃんとした警察の人が来たことにほっとしました」
弁護人の質問に、はっきりとした口調で淡々と答えていく山本被告。ただ、実在しない「圧力団体」の存在を前提に質問が行われることに違和感を覚えているのだろうか。何人かの裁判員は時折、みけんにしわを寄せながら、山本被告の顔を見つめていた。