第3回公判(2010.11.29)

 

(10)「後悔する日は来るのか」「再発の可能性は」鑑定医に尋ねる裁判員

高窪教授

 恩師で中央大理工学部教授の高窪統さん=当時(45)=を刺殺したとして、殺人罪に問われた教え子の家庭用品販売店従業員、山本竜太被告(29)の精神鑑定を行った女性鑑定医への証人尋問は終盤を迎えた。男性検察官が山本被告の「妄想性障害」と事件との関係を尋ねていく。

検察官「「先生は薬による治療とおっしゃいましたが、薬を飲むことで妄想を抑えることができるのですか」

鑑定医「妄想を抑える薬と、妄想を抱く(元となる)不安を抑える薬の2つがあります」

検察官「「被告は高窪教授に嫌がらせをされたという妄想を抱いていますが、人を殺すという決意には飛躍している印象があります。精神医学的にはどうなのでしょうか」

鑑定医「その点は病気とは関係ないです。武士の精神、やられる前にやるといった考えや、どれほどひどいことをされたので一矢報いるといった彼の性格傾向にあります」

検察官「「何回も(高窪教授を)刺した興奮状態は、精神障害によるものですか」

鑑定医「精神障害による興奮のケースは、私が聞いている限りではそうではありません。人を殺したことは皆ないですが、不安がある場合は何回も刺すことはあり得ると思います。ほかの事件でも精神障害ではなく、不安などで何回も刺すことはあります」

 検察側からの尋問が終了した。次は裁判所側からの尋問だが、今崎幸彦裁判長がここで休廷を告げた。

裁判長「裁判所からお尋ねしたいことがありますが、少し相談させて頂けないでしょうか」

 専門的な内容のため、裁判員に考えるための時間を取るようだ。裁判員らは少しほっとした様子で退廷した。約10分間の休廷の後、午後4時35分から審理が再開。今崎裁判長の右側の男性裁判官が鑑定医に質問を始めた。

裁判官「先ほど、妄想性障害と妄想性パーソナリティー障害の話がありましたが、なぜ、妄想性パーソナリティー障害の枠内に収まらない(妄想性障害)と判断されたのですか」

鑑定医「厳密にここがこう違うというものはなく、連続体のイメージです。妄想性パーソナリティー障害がなくても、妄想性障害になることはあります。彼の場合は、どちらも発展していったものです。どう説明したらいいか難しいですが、性格傾向にとどまらないところがあります」

裁判官「妄想の強さや妄想している時間の長さなどから性格傾向によるものではないと理解してもいいですか」

鑑定医「そうですね。妄想性パーソナリティー障害は疑問がいくつも出ては消えるけれど、(彼の場合は)疑問が結びついて妄想が修正できなくなり、精神障害の範疇(はんちゅう)になりました」

裁判官「事件の後の面接の中で、妄想が修正されたところがあるということですが、妄想の強さとしてどう理解すればいいですか」

鑑定医「全く修正できない妄想もあります。彼の場合は、ストレスフルな環境だと(妄想に)確信を持ちます。環境が変わると消える揺らぎがあります。環境に影響されやすい彼の特徴があります」

裁判官「環境があって、妄想が強固になったということでよろしいですか」

鑑定医「そういう理解で結構です」

裁判官「動機と殺害決意について確認したいのですが、団体から危害が加えられるというのは妄想の影響ですね?」

鑑定医「はい」

裁判官「団体が自分(山本被告)を傷つけているというのも妄想の影響ですね?」

鑑定医「はい」

裁判官「殺すしかないというのは妄想の影響ですか」

鑑定医「パーソナリティーの方が大きいと考えています」

裁判官「パーソナリティーの性格形成にあたり、両親の影響はありますか」

鑑定医「考えられます」

裁判官「(両親の影響は)大きい、小さいですか」

鑑定医「比較的大きいと思います」

 続けて男性裁判官は山本被告が聞いたとされる「ありえない」「いじめじゃない」などの言葉が幻聴なのかどうか質問。鑑定医は「言葉を自分に結びつけていて、不安が高まって幻聴のように聞こえることもある」などと説明した。

裁判官「統合失調症による幻聴ではないのですか」

鑑定医「統合失調症では現実とは関係ないことや、自分が考えている言葉が聞こえてくるなどの幻聴があります。彼の症状はあまり典型的なものではないのです」

 ここで今崎裁判長が口を開いた。裁判員からの質問があるようだ。

裁判長「それでは1番の方」

 右端の女性裁判員が、緊張した面持ちで質問を始めた。

裁判員「被告は自分が行った行動の重大性の認識に欠けているように見えます。『あの事件は仕方なかった行為』と話していましたが、カウンセリングで後悔する日は来るのか、お伺いしたいです。お願いします」

鑑定医「性格的傾向というか、武士の精神、やられる前にやるなど(の性格)を変えるのは難しい。根気強くやれば、後悔する方向に向かう可能性はあります」

裁判員「可能性はあるということは、いつか…」

鑑定医「そう信じています」

裁判員「完治した場合、どのくらいの期間がかかるのでしょうか。また、再発の可能性はあるのでしょうか」

鑑定医「妄想性障害は治りにくいタイプです。統合失調症と比べ、期間を申し上げにくいです。あとは何ですか?」 

裁判員「再発です」

鑑定医「再発はあり得ると思います。(彼の場合は)環境が不安定でストレスがあると疑いを持って考える。違う妄想を抱く可能性はあると思います」

裁判員「ありがとうございました」

 質問を終えた女性裁判員は不安げな表情で唇をかんだ。続けて、今崎裁判長の左側に座る裁判官が質問を始めた。

裁判官「被告のパーソナリティーの偏りが犯行に影響を与えたとしていますが、どの段階で決定的なパーソナリティーができましたか」

鑑定医「(イジメの被害にあった)中学校時代に傾向が表れ、それが表面に出てきたのが大学のころです」

裁判官「妄想性障害となったのはいつの時期といえますか」

鑑定医「忘年会の食中毒による身体的な異常で、(圧力団体から嫌がらせを受けているという)確信を強めました。あれが妄想性障害になった時期と考えられます」

裁判官「犯行時は最大級に妄想が膨らんだと思いますが、犯行後の面接では妄想の確信度は下がっていましたか」

鑑定医「はい」

裁判官「症状が改善したのですか。病気自体が改善したのですか」

鑑定医「病気自体が改善しました。鑑定の後半には鑑定人に冗談を言う場面も見られ、症状が軽減、妄想性障害自体も軽減していました」

裁判官「まだ妄想性障害の状態に変わりはないですか」

鑑定医「(法廷での)発言を聞いていると、まだ妄想性障害は続いています」

 続いて、今崎裁判長が質問する。

裁判長「被告は犯行直前、かなり周到な準備とシミュレーションを繰り返していました。これほどの周到な計画、準備は珍しいと思うのですが、これは妄想性障害と関係あるのでしょうか」

鑑定医「パーソナリティーの問題ではありますが、妄想性障害と直接関係しているとはいえません。性格の冷静な部分が残り、『失敗したくない』と考えました。障害自体に圧倒されず、冷静に用意を周到に考える平静さを保っていました」

裁判長「妄想性パーソナリティー障害ですが、これは性格の偏りという理解でよろしいですか」

鑑定医「その通りです。アメリカで考えられた診断基準で訳したときに『障害』となりましたが、病気とは違います」

裁判長「妄想性パーソナリティー障害は妄想を持ちやすい性格傾向であり、それに外的ストレス、環境が加わり妄想性障害の病気を発症したということですか」

鑑定医「そういう理解で結構です」

裁判長「リストカットについてはどう解釈したらいいのですか」

鑑定医「これは、妄想性パーソナリティー障害、妄想性障害とは関係ありません。被告の実直な性格があり、『自分に厳しくしないとだらける』と考え、自分を律したり、気合を入れたりするためにやっていました」

 ここで今崎裁判長が質問を終え、裁判官、裁判員らに追加の質問がないか確認した後、閉廷を告げた。山本被告は立ち上がって今崎裁判長らに一礼した後、再び被告人席に腰を下ろした。傍聴人らが退廷する中、山本被告は無表情のまま、自らの頭をポリポリとかいていた。

 次回公判は30日午前10時から始まり、遺族の意見陳述書面の代読後に、検察側の論告求刑と弁護側の最終弁論が行われて結審する予定だ。

⇒第4回公判