(7)「激痛が走り、のたうち回った」凄惨な証言に静まりかえる法廷
引き続き、加藤智大(ともひろ)被告(27)に刺されながらも一命を取り留めたタクシー運転手の△△さんに対する、検察官による証人尋問が進められている。
加藤被告がトラックで秋葉原の交差点に突っ込み、多くの被害者が出るのを目の当たりにした△△さんはどうしたのか。そして、どういう経緯で加藤被告に刺されてしまったのか。検察官が何度も確認するように、質問していく。
検察官「他の人を助けることにしたんですね。どこに向かったのですか」
証人「はい、ほかの場所に倒れていた男性のところに向かおうと思い、立とうとしました」
検察官「そこで立とうとしたとき、どうしたのですか」
証人「はい、『ドン』と後ろから、人のようなものがぶつかりました」
検察官「どっちの方向からぶつかったんですか」
証人「右後ろのような感じがしました」
検察官「それが何か分かりましたか」
証人「すぐは分かりませんでしたが、人がぶつかったようでした」
△△さんは、この瞬間に加藤被告に後ろから刺されている。その瞬間は、何が起きたか気づかなかったようだ。
検察官「それからどうしたのですか」
証人「後ろを振り返りました」
検察官「そこで、ぶつかってきたらしい人を見つけることができましたか」
証人「左の方に、ぶつかったらしい人が、ふらっと歩いているのが見えました」
検察官「どんな様子でしたか」
証人「はい、警察官に向かって、右手でナイフのようなもので刺している人がいました」
検察官「犯人らしき人が、警察官を刺す姿をたまたま見たのですか」
証人「はい」
検察官「どのような様子でしたか」
証人「警察官の右胸を刺していました」
検察官「ところで、あなた自身はどのような状態でしたか」
証人「はい、警察官が刺されているのを見ているうちに、自分の下腹のあたりが熱くなり、体が支えにくくなって、自分のシャツを見たら右胸から血が噴き出していました」
検察官「それでどのように対処したのですか」
証人「手で止血をしました」
検察官「血の量は多かったんですか」
証人「かなりの量だったと思います」
検察官「見ましたか」
証人「はい。自分の鼓動にあわせて、血がシャツを突き上げるように吹き出していました」
証人は、自分の傷の深さを淡々と説明する。加藤被告はじっと下を見つめたままで、傍聴席からは表情が読み取れない。
検察官「そこで、あなたはどのような行動に出たのですか」
証人「『あいつが犯人だ!』と何度も叫びましたが、刺されたところに激痛が走ってその場に倒れ、のたうち回ってしまいました」
検察官「そのときの気持ちで、覚えていることはありますか」
証人「私は過去に交通事故で、左ひじを複雑骨折してしまったことがあるのですが、そのときとは比べようもないほどの激痛が走りました。転がっていても、痛みがあまりにひどくて、のたうち回ってしまう痛みでした」
検察官「周りの様子は覚えていますか」
証人「医者だという人が来てくれて、『動脈が切れています』と言われたのを覚えています」
検察官「救急車で搬送されたときの記憶はありますか」
証人「何となくあるんですが、病院に着いた後は記憶を失っていました」
検察官「あなたは3日間、意識不明の状態が続いたのでしたね。危険な状態だったんですか」
証人「意識が戻った後、兄から『6000CCの輸血を受けた』と聞かされましたので」
検察官「では、この写真を見てください。事件当時の現場の写真です」
検察官が、写真のようなものを証言台にいる証人に見せた。写真は、傍聴席からは確認できない。
検察官「この写真に、犯人やあなたはいますか」
証人「はい」
検察官「では○をつけてください」
証人「はい」
検察官「こちらの写真を見てください。このパンツ姿で倒れている人が誰か分かりますか」
証人「私です」
検察官「覚えていますか」
証人「いえ、全然記憶にありません」
けがを負った△△さんは、応急処置のために服を脱がされていたようだが、本人に記憶はないようだ。
検察官「では、この写真を見てください。この路上に倒れている人は誰か分かりますか」
証人「はい、私が最初に助けに行こうと思ったAさんです」
検察官「Aさんはどのような様子でしたか」
証人「ええ、さっきも言いましたが、顔はぱんぱんに腫れ上がり、目、鼻、口、すべての体の穴からは血や体液のようなものが流れ出し、とても大変な状態でした」
凄惨(せいさん)を極めた犯行現場の真ん中で、被害者の救助にあたり、自らも被害にあった△△さん。生々しい証言に、法定内は静まりかえったままだ。