(12)「プライド守るため私たちの命を利用」被害女性が加藤被告を非難
加藤智大(ともひろ)被告(27)に腹部を刺されて重傷を負った女性被害者Gさんに対する、検察官の証人尋問が続いている。Gさんはつぶやくような小声で質問に答えていく。
検察官「家族は心配していましたか」
証人「実家は遠くにあるのですが、とるものもとらずに駆けつけてくれました。出張先から駆けつけてくれましたし、会社の同僚も病院に来てくれました」
検察官「被害直後の周りの様子は覚えていますか」
証人「はい、覚えています」
検察官「事件を忘れたいと思いますか」
証人「いえ、忘れたくないです」
検察官「それはなぜですか」
証人「はい、あの場所にいてたくさん亡くなった人がいますが、そういう人はしゃべりたくてもしゃべることができません。何か役に立てることがあれば、覚えていることで役に立てることがあれば…」
検察官「事件を忘れないようにして、知りたい人に教えていきたい?」
証人「はい」
検察官はここから、現場の写真をGさんに示して、写真の中の人物やいた場所などについて質問していく。写真は傍聴席からは見えないが、加藤被告とGさんら被害者の位置がどう変わり、犯行がいつ行われたのかを、検察官ははっきりさせようとしているようだ。
検察官「次に、亡くなられた方などが写った現場の写真を見ていただきます。この写真で車が交差点に止まっていますが、その車の前の人は誰ですか」
証人「私です」
検察官「写真に私と書いてください」
証人「はい」
検察官「この同じ写真に犯人は写っていますか」
証人「顔は写ってないのではっきり分からないですが、格好が犯人に似ている人はいます」
検察官「それを丸く囲んでください」
証人「はい」
検察官「走っている白っぽい服の人が犯人ですか」
証人「そうです」
検察官は、事件現場で次々に人を刺したのが加藤被告だということを、明確にしようとしているようだ。
検察官「12時33分と記された写真を示します。どういう場面が写っていますか」
証人「先ほど話した警察官とベージュのジャケットの人が写っています」
検察官「それぞれを丸で囲んで警察官、犯人と書いてください」
証人「はい」
検察官「次の写真に犯人がいたら赤丸で囲んでください」
証人「少しはっきりしませんが、この人と思うのはいます」
検察官「次の写真を見ていただくと、犯人の近くにあなたはいますか」
証人「はい。はっきりと分かりませんがいます」
検察官「この写真であなたは犯人におなかを刺されたんですね?」
証人「写真の前後関係からするとそうだと思います」
検察官「この写真で道路に倒れているのは」
証人「私です」
検察官「私と書いて丸で囲んでください」
証人「はい」
検察官「最後の写真です。この写真で地面にひざをついている女の人がいますが、これは誰ですか」
証人「私です」
検察官「この写真の右に白い手袋と青い服の人がいますが誰ですか。左に倒れてるのは?」
証人「右は先ほど話した警察官です。左は(亡くなった被害者の)Aさんです」
検察官「あなたと警察官が助けようとしたAさん?」
証人「はい」
次に、検察官はGさんの加藤被告への感情について、質問していく。Gさんは時折声をつまらせながら、答えていく。
検察官「あなたは被告人から手紙をもらい、これまでの裁判も傍聴していますが、被告人に対して何か言いたいことはありますか」
証人「被告人から見ると(殺傷対象は)誰でも良かったのかもしれませんが、私たちにとっては、私に向けられた悪意です。悪意と暴力を一方的にぶつけられました。あの時にいた人は何が起きているのか分からないまま、意識がなくなり、それでおしまい。分からないまま死んでいきました」
「謝罪の手紙をもらいましたが、(加藤被告にとっては)自分の心を助けるためには、誰かを傷つけるのはやむを得なかったのかもしれません。しかし、私から見ると被告人は自分にわき起こる強い心に夢中で、本当にかかわるべき人にかかわっていないと感じました。『自分の言葉を分かってほしい』とか、『受け入れてほしい』とか自分のことばかり」
「私はこの事件を一般化して理解してほしくありません。これは加藤さんが起こした個人的な暴力事件です。被害者や遺族に死刑を望ませたりするのがどんなに残酷なことか分かってほしい。自分のプライドを守るために、私たちの命を利用しているのを分かってほしい」
「事件が起きたときに、私や私の周りの人を助けてくれる人もいました。自分の身の安全を確保できない時に、見知らぬ誰かを助けるために一歩踏み出してくれた勇気に感謝しています」
検察官「先ほど声を詰まらせていましたが大丈夫ですか」
証人「はい」
検察官「事件を一般化してほしくないとおっしゃいましたが、(初公判で)『(他の人に)同じような事件を起こしてほしくない』と被告人が言っていたことに対して、そう思ったんですか」
証人「はい、そうです」
加藤被告は、メモをとりながら、斜め下の方を向いたまま、表情を変えることもなかった。Gさんに対する検察官の質問はここで終了した。次に弁護人の質問に移る。