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(6)衝撃! 最後の肉声「カオリ」「マミ」…第2、第3の人格出現?

弁護側による最終弁論が続く。ゆっくりと訴えかけるような声で話す弁護人を、歌織被告は落ち着いた表情で見つめている。

弁護人「検察官は、歌織被告が精神障害について突如供述を始めたため、その供述は信用できないと指摘しました。しかし、祐輔さんから受けたDV(配偶者間暴力)は、歌織被告の生活そのものだったのです」

弁護人は、歌織被告の精神障害について『信用できない』とした検察側に反論を始めた。

弁護人「歌織被告がもし罪を免れようとしていたら、(精神鑑定の際に)犯行当日に『(犯行を促すような)誰かの声が聞こえた』と、自分の精神状態について供述すればいいことです。『(犯行の)直前に祐輔さんから暴力を受けた』などと弁解することも可能なのです。しかし、被告はそれをしていない。つまり、ありのままを述べたということなのです」

弁護人は続けて、『無罪とすべき事案』について雄弁に語り出した。

弁護人「法律はみんなが安心して暮らすためのルールです。これを理解できる人にのみ、犯した罪を償わせることができます。理解していない人については非難できないし、その場合に刑罰を課すことは許されません」

「凶悪犯罪を無罪とすることには抵抗があるかもしれません。しかし、それは無罪放免ということではないのです。歌織被告がルールを理解して、それに従うことができるようになるまで、治療を受けるということです」

さらに、裁判員制度についても言及した。

「来年には裁判員制度が始まります。一般市民もこれ(被告の精神状態)の判断をしなくてはなりません。このルールは万国に共通の法論理で近代法の鉄則です。心神喪失の合理的疑いが少しでも残れば、被告を無罪にしないといけないのです」

弁護人はここで一呼吸おいて、声のトーンを上げた。

弁護人「愛する息子を奪われた祐輔さんの両親が、厳罰を望むのは当然のことです。しかし、毅然とした法適用をしないといけません。よって、歌織被告の殺人については無罪を求めます。特に、急激に(精神障害の)症状が起こった場合は、無罪にしないといけないと考えます。死体遺棄については心神耗弱として、執行猶予を付けた上で、医療観察処分とすべきと考えます」

弁護人の最終弁論が終わった。

続いて歌織被告が無表情のままゆっくりと立ち上がり、最終意見陳述に臨むため証言台に立った。裁判長に「長いのなら座ってもいいですよ」と言われると、いすに腰を下ろした。証言台にメモを置き、左手で髪をかき上げ、弱々しいで言葉を切り出した。

歌織被告「『カオリ』は祐輔さんの暴力から逃れたいと考えて、警察に助けを求めたこともありました。両親、親戚、知人に頼りたいと何度も思いました。自分ひとりではどうにもならない。祐輔さんは逃れようとすればするほど、考えもしないやり方や手段で、『カオリ』を逃がすまいとしました」

歌織被告は自分を「カオリ」と、まるで別人を指すように呼んだ。

第7回公判で裁判長は、歌織被告になぜ祐輔さんから逃げなかったのか、その理由を尋ねていた。そのとき歌織被告は答えに詰まったため、裁判長は最終意見陳述のときにその答えを出すように促していた。

歌織被告「『なぜ逃げなかったのか』と、DVの実情を知らない人はみんな安易にいいます。どうやって逃げればいいのか、どのようにすれば逃げられたのか。あの生活を一体誰に相談できたのか、時間がたった今でも分かりません。最後の私は、自分の身を守るより他ありませんでした」

「祐輔さんが遅い時間に帰ってきても、祐輔さんが寝るまで怖くて眠れなかったのです。そして祐輔さんの寝顔を見ていると、女性の姿が見えてきました。『誰なの、どうして苦しそうな表情なの?』と思いました。『もしかして私の代わりに苦しんでいるの?』と不思議に思いました」

「もしかして『カオリ』なのと思って、後ろめたい、申し訳ないと思いました。そして『嫌だ助けて』という声や、『もう少し、もう少し我慢して』という声も聞こえました。私の声か、『マミ』なのか、『カオリ』なのかわからない。誰なのか分かりませんでした」

「カオリ」に続いて「マミ」。繰り出される“奇妙な言動”に法廷内の空気が変わった。歌織被告は意に介さず、検察官に反論を始めた。

歌織被告「あの晩の私の気持ちについて、検事は『怒り、憎しみ』と表現しましたが、一言では表現できません。(犯行の晩)知人に自宅に来てもらったのは怖かったからです。離婚の話をすると祐輔さんの暴力が始まる。あんなことやこんなこと、いろいろ浮かんできてじっとしていられなかった。1人では太刀打ちできない、またやられてしまうという恐怖心があったのです」

そして、祐輔さんの遺族に向けて言葉を発した。

歌織被告「遺族には、この事件までお会いしたことはありませんでした。でも、どれだけ自分たちの生活について、相談したいと思ったか分かりません。でも『おやじは心臓が悪い。何回も手術していて、ショックを与えるとよくない。お前、おやじを殺す気か』と祐輔さんに言われ、決心が付きませんでした」

「こんな形でしかお会いできなかったことは、心から申し訳なく思っています。また、私のしたことで多くの皆様に迷惑をかけて、心よりおわびいたします」

遺族への明確な謝罪はないまま、最終意見陳述が終わった。歌織被告がゆっくり立ち上がり、被告人席に戻る。弱々しい声とは裏腹に、表情はない。午後4時56分、裁判長が閉廷を告げる。

4時57分、歌織被告が退廷した。傍聴席には祐輔さんの遺族が座っていたが、視線は一切向けず、その前をうつむき加減で歩いていった。

昨年12月に始まった公判は13回目で結審した。判決公判は4月28日午前10時から。歌織被告の精神状態について、裁判所がどのような判断を下すのか注目される。

⇒被害者両親の手記