(8)「もう無理」メールの理由は「分からない」 事件は「私の生きてきた結果です」
東京都港区で昨年8月、耳かき店店員の江尻美保さん=当時(21)=と祖母の鈴木芳江さん=同(78)=を殺害したとして、殺人などの罪に問われている元会社員、林貢二被告(42)への裁判員の質問が終わった。左陪席の男性裁判官が、「いろいろ話を聞かれ、不満もたまっていると思いますが、お尋ねしますね」と前置きし、質問を始めた。
裁判官「美保さんにだまされたという気持ちはありますか」
被告「ありません」
裁判官「芳江さんだけでなく、美保さんにもまったく落ち度はなく、すべてあなたの責任と考えていますか」
被告「そう思います」
裁判官「美保さんへの行為は、客観的に見てストーカー行為だったという認識はありますか」
被告「はい」
裁判官「あなたは、恋愛感情が満たされず、ストーカー行為の末に美保さんを殺害した、といわれることに不満を感じているのですか」
被告「不満というか…。違っているところは、違っています」
林被告はこれまで被告人質問で、「交際したいと思ったことはない」「そういう対象として見たことはない」と江尻さんへの恋愛感情を否定していた。
裁判官「それは恋愛感情というところですか」
被告「はい」
裁判官「恋愛感情と、あなたが言っていた『広い意味での好き』というのは、どう違うんですか」
被告「それは言葉では…。気持ちですから。気持ちを素直に表した言葉ですから」
裁判官「恋愛感情と言われることへの憤りはどこからくるのですか」
被告「憤りや不満ではなく、事実と違うということです」
裁判官「恋愛感情と似ている部分もあったのですか」
被告「それはちょっと分からないです」
裁判官「あなたの気持ちの中に、世間の人のいう恋愛感情があったのではないかと言えますか」
被告「事件以来、いろんな人に言われて不思議でした。(恋愛感情とは)違うと言っても、『そうだ、そうだ』と言われて、『何言ってるのかな』と。みんなに言われ、選択肢が閉ざされていきました」
裁判官「今、(恋愛感情があったのではないかと)思うことはありますか」
被告「思うことはあります。でもそれは、周りの人に言われたから思うようになりました」
裁判官「美保さんは20歳も年下で、あなたは結婚しないと決めていた。美保さんを好きになることを自制していたのではないですか」
被告「意識はしていません」
林被告は膠原(こうげん)病の持病があることから「結婚しないと決めていた」と、被告人質問で述べている。
裁判官「なぜ美保さんは、あなたに対して優しくしてくれるのだと思っていましたか。例えば、『お店のお金を落としてくれるお客さんだから』と他の人に言われることを、心外に思っていますか」
被告「思います。(江尻さんの)営業努力だったと思います」
裁判官「美保さんはいつまでもお店で働いているわけではないですよね。美保さんがお店を辞めた後も、会いたいと思っていましたか」
被告「思っていません。(店を辞めた後の)想定はしていません」
裁判官「美保さんのことは、どれくらい好きでしたか」
被告「どれくらいというのは、分かりません」
裁判官「かなり強く好きだったのでないですか」
被告「じゃあ、それはそうです」
裁判官「証人が、美保さんがあなたのことを『都合のいい話しか聞かない』と話していた、と証言していましたね。今振り返って、どう思いますか」
被告「意識はしていませんけれども、私の性格としてそういう面があるかもしれません」
裁判官「これからもっと、自分の感情とか気持ちを深く振り返り、考える努力をしていこうとは思いますか」
被告「思います」
続いて、右陪席の男性裁判官が質問した。
裁判官「殺してやりたいほどの怒りが募り、『(江尻さんと会えないのは)何でだろう』と考えた、ということだったが、どうしてお店に来るなと言われたか、その理由が今は分かりますか」
被告「分かりません」
裁判官「店長やお店の人の証言を聞き、江尻さんがあなたのことを困った客だと思っていたことは分かりましたか」
被告「はい。分かりました」
裁判官「あなたは信頼関係があったというが、江尻さんは途中から、そういう気持ちはないわけだ。それは分かりますか」
被告「はい。分かります」
裁判官「そうなった原因は何だと思いますか」
被告「私がどこかで困らせていたんだと思います」
裁判官「困らせたことで、思い当たることはないの?」
被告「今振り返れば、いろいろ考えます」
裁判官「どういうことを考えていますか」
被告「(江尻さんとの)会話や、私の言動が身勝手だったんだと思います」
裁判官「具体的にどういう言動が身勝手だったと?」
林被告が黙り込んだまま、数秒間が経過した。裁判官と裁判員らはじっと林被告の顔を見つめている。
裁判官「答えられませんか? じゃあ、最後の質問です。今ここで聞いたことを、平成20年の7月とか8月にどうして考えることができなかったの?」
被告「それは私自身の身勝手な考えに始まって、自分の身勝手さに自分を追い込んでいってしまったような…。すべて私に責任があったと思います」
最後に若園敦雄裁判長が質問を始めた。
裁判長「あなたの部屋にあったという工具箱は、フタはいつも開いていたのですか」
被告「開いていません」
裁判長「では、フタを開けて、客観的にはその中からハンマーを選んだと。ハンマーしか目に入らなかったんですか」
被告「違います。一番大きいので、目に入りました」
裁判長「これまでに交際した3人というのは、昔のことですか? 最近ですか」
被告「昔です」
裁判長「さっきは『3人とは真剣に交際したことはない』といった言い方をしていたと思いますが、それはなぜですか? 真剣という言葉は、どういう意味で使ったのですか」
被告「私は結婚はしないと決めていたので…」
裁判長「ああ、そういう意味ですか。あなたは収入の中で、耳かき店の支払いもしていたということですね?」
被告「ちょうど同じくらいでした」
裁判長「でも(江尻さんが秋葉原店と掛け持ちしていた)新宿東口店の分もありますよね? 他に一切、お金を使わないわけではないですよね?」
被告「生活費の方は、多分、足りないと思います」
裁判長「それは貯金から切り崩してたのですか」
被告「はい」
裁判長「それについては、どう思っていましたか」
被告「それ(貯金)が全財産ではありませんでしたから…」
裁判長「後ろから自分を見る自分っていうのはいないんですか? 『おれ何やってるんだろう。こんなにお金使って』って思わないの?」
被告「あのときは思っていませんでした」
林被告は淡々と、質問に答えていく。
裁判長「(昨年)4月3日以降のことについて聞きます。(江尻さんから)『もう無理』っていうメールが来たんでしょ? あなたが昨日、今日(の被告人質問で)いった出来事だけでは、『もう無理』っていうメールが来たりしないんじゃないの? なぜこうなったんですか」
被告「それは分かりません。分からないから、こういう風になっていったんじゃないんでしょうか」
裁判長「それは自分の都合のいいところしか(話を)聞かず、客観的に物事を把握できなかったからではないんですか」
被告「そう思います」
裁判長「あなたがご遺族にあてて書いたという手紙を読ませてもらいましたが、事件後に、今私がいったような考え方をしたことはありますか」
被告「あります」
裁判長「あるんですか? 手紙からは、そういう考え方をしたという記載は一度も見えませんでしたけど…」
若園裁判長の追及に、林被告が黙り込む。若園裁判長は、さらに続けた。
裁判長「手紙の中には『自分の命をもって償う』という記載がある一方、『働いて遺族のお役に立ちたい』という記載もある。あなたの気持ちは揺れ動いているんですか」
被告「両方あります」
裁判長「あなた、美保さんのことを大事に思っていましたか」
被告「そのつもりでした」
裁判長「仲の良い男女や親友同士が仲が悪くなると、すごく憎むという、そういう一般的なことは分かるんじゃないですか」
被告「分かります」
裁判長「それと同じことが起きてしまったから、今回のようなことが起きてしまったと。そういう風に考えないんですか」
被告「それは分かります」
裁判長「分かるんでしょ。当時、自分は視野が狭くなって、物事が見えなくなったと思ってるんですか」
被告「結果、そうなってしまったのは私の責任ですから。私の生きてきた結果ですから。私の責任です」
裁判長「あなたは本来の自分だったらこんなことをしない、といいたいのかもしれませんが、本来のあなたの中に、こういう部分が潜んでいたと考えないんですか」
被告「本来の私でないとは思っていません」
裁判長「でも、(遺族への)手紙を全部読みましたが…」
被告「私に起因していることですから。(本来の)私でないとはいいません」
ここで若園裁判長は、休廷を告げた。約1時間5分の休憩をはさみ、午後1時半から審理が再開される。精神鑑定を行った医師の証人尋問などが行われる。