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(9)「また店に行っていい?」被告の問いかけに「無理、無理、無理」と走り去る被害者

東京都港区で昨年8月、耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=と祖母の鈴木芳江さん=同(78)=を殺害したとして、殺人などの罪に問われている元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判は、弁護側による被告人質問が続く。

林被告は平成21年4月5日、江尻さんを店外デートに誘っていたことなどを理由に、江尻さんの勤務先だった東京・秋葉原の××耳かき店(法廷では実名)への出入りを店側から禁止された。男性弁護人は林被告が出入り禁止解除を試みようとしていたことを尋ねていく。

弁護人「(解除には)どのような選択肢があると考えていましたか」

被告「(江尻さんに)メールで連絡、(江尻さんに)直接会って話をすること、店に予約の電話を入れるの3つです」

弁護人「店に連絡しようと考えましたか」

被告「一応考えましたが、それまでは美保さんにメールして内々の予約で(時間の)枠を取っていました。お互いの信頼関係で成り立っていたことです。頭ごなしに店に直接連絡したら、信頼関係が壊れると思いました」

林被告はメールについても返事がこないことを理由に最終的には選択肢から除外したという。

被告「4月の終わりごろか、5月の初めに直接会って、話をしないとダメだと思いました」

弁護人「どこで美保さんを待ちましたか」

被告「秋葉原駅の改札口です」

弁護人「見かけましたか」

被告「はい」

弁護人「声をかけましたか」

被告「いいえ。声をかけるつもりでしたが、人がいっぱいいたので落ち着いて話せる場所ではないと思いました。美保さんはそのまま電車に乗ったので、私も乗りましたが、電車内も人がいっぱいいました」

「新橋駅について『どうしよう、どうしよう』と考えていたら、日比谷通りを越えたあたりで人通りが少なくなったので、声をかけました」

弁護人「何時ごろでしたか」

被告「(午後)10時半ごろから11時ごろだったと思います」

弁護人「家の場所を探るために、声をかけなかったのでは(ずっと後をつけたのでは)?」

被告「そうではありません」

弁護人「美保さんの様子はどうでしたか」

被告「ちょっと驚いていました」

弁護人「どんな会話を交わしましたか」

被告「(私は)『また行きたい』と言いました。美保さんは『もう無理です』と言っていました」

弁護人「ほかには?」

被告「ほかは記憶にありません。『無理です』を繰り返していました」

弁護人「その後は?」

被告「このやり取りを3回ぐらい繰り返して、(江尻さんは)駅に戻る方に立ち去ってしまいました」

弁護人「どう思いましたか」

被告「うーん」

一瞬間が空く。

被告「(江尻さんは)話の途中で(立ち去り)、(出入り禁止解除が許されない)理由も言ってない。正直、訳が分かりませんでした」

林被告はそのとき、「また江尻さんが戻ってくるかもしれない」と10分ぐらい路上にとどまったという。だが江尻さんは戻らず、林被告も立ち去った。

弁護人「いらだちは感じませんでしたか」

被告「いらだちよりも、何でか分からなかった。訳が分かりませんでした」

弁護人「どこが分からなかったのですか」

被告「なぜ話の途中で行ってしまうのか分かりませんでした」

弁護人「美保さんとは会えなくなると思いましたか」

被告「いつもより怒っているとは感じました。理由が分かりませんが、怒っていると思いました。でも(会うことが)最後になるとは思っていませんでした」

林被告は「話の途中で」「訳が分からない」を繰り返し強調する。林被告はその後にも、江尻さんに会うために5回ほど、新橋に行ったことを説明した。そのうち、会って話をしたのは1回で、残りは会えなかったり、声をかけられなかったりしたという。

弁護人「家の場所はいつ分かったのですか」

被告「以前から(江尻さんさんとの会話の中で)聞いていたので、だいたい分かっていました。6月中旬ごろに行ったときに家の前を通り、表札が見えました」

弁護人「6月中旬ごろの生活はどうでしたか」

被告「そのころから、美保さんが理由を言ってくれないことに『何でだろう、何でだろう』と頭の中で繰り返し考えるようになっていました。睡眠も取れず、食欲も低下し、注意力も低下していました」

林被告は7月19日、江尻さんの自宅近くで江尻さんに再び声をかけることになる。弁護人はそのときの様子を尋ねる。

弁護人「どこで(江尻さんを)待っていましたか」

被告「1回目に声をかけたあたりです」

弁護人「何をしたかったのですか」

被告「理由が聞きたかったです。理由を聞けば、なぜか分かる。どうすればいいか分かり、それをクリアすれば元に戻ると思いました」

弁護人「どういう状態に戻ると?」

被告「以前のように店に行けると」

弁護人「『待ち伏せ』と怖がられるとは思わなかったのですか」

被告「今思えば確かにそうです。そのときは考えられませんでした」

弁護人「7月19日に会って、どうしましたか」

被告「美保さんに『元気?』と声をかけました」

弁護人「美保さんは何と答えましたか」

被告「『うん、元気』と(答えました)」

弁護人「その後は?」

被告「最初に『話をしにきただけで、嫌な思いをさせたいわけではないので誤解しないでほしい』と話しました。美保さんは『分かった』と言っていました」

「私は『(最後に店を訪れた4月5日、『もう帰る』などと捨てぜりふをはいたことについて)いらだったことは大人げなかった。また店に行きたい』と伝えました」

弁護人「美保さんはどうしましたか」

被告「『私には無理ですから』と言っていました。『無理です』を3回ぐらい繰り返して。私も言うことがなく間が空いて、その瞬間に美保さんが走っていきました」

弁護人「どう思いましたか」

被告「びっくりしました。話の途中で何もしていないのに、何で逃げるのかと驚きました。走ったということは前回よりも警戒している気持ちの表れだと感じて、ショックでした」

林被告はさらに江尻さんに弁解するために20日ごろにメールを送ろうとしたことを証言した。

被告「美保さんのメールのアドレスが変わっていて、『送信できません』というメッセージが出ました。メールアドレスも変わったのかとびっくりしました」

弁護人「許してもらえる可能性はないと思いましたか」

被告「限りなく『ない』と思いました」

弁護人「どう思いましたか」

被告「うーん、うーん」

林被告は上体をわずかに前後に揺らしながら、思案している。

被告「怒りのような感情を持ちました」

弁護人「それだけ?」

被告「『何でだろう』と(思いました)。もちろん悲しみも」

弁護人「7月20日ごろ、美保さんを殺そうと思いましたか」

被告「思っていません」

林被告は8月1日にも新橋に足を運ぶ。だが江尻さんとは会えなかった。

弁護人「どう思いましたか」

被告「時間をずらしたのかな、(帰宅)経路を変えたのかなと思いました。絶望感がありました。私自身が行動を起こすと、私が追いつめられていく。一つひとつの道が閉ざされ、追いつめられる感じ。絶望感でした」

林被告はその2日後、事件を引き起こすことになる。右から2人目の女性裁判員は口元に手を当て、ややみけんにしわを寄せていた。

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