(10)耳を真っ赤にし殺害の瞬間を語る被告 ベッドにいた被害者は「どうしたの」
東京・秋葉原の耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=ら2人を殺害したとして殺人などの罪に問われた元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判第3回公判は、弁護側の被告人質問が続く。男性弁護人は犯行前日の林被告の様子を質問している。
弁護人「(犯行前は)悲しみや怒りはなかったのですか」
被告「怒りも悲しみもありました」
弁護人「希望は?」
被告「ゼロではないですが限りなく小さくなっていました」
弁護人「そういう感情は一気に来ましたか」
被告「次々に思いが巡る感じでした」
犯行前、林被告はさまざまな思いにさいなまれていたようだ。
弁護人「(犯行前日の)8月2日は何をしていましたか」
被告「役所に書類を提出するつもりで前の週から有給(休暇)を取っていたのでその準備をしていました」
質問はいよいよ核心である犯行当日の状況に入る。
弁護人「犯行当日の朝は起きて何をしましたか」
被告「歯を磨いて顔を洗って着替えて…」
弁護人「どんな思いがありましたか」
被告「前日から同じことを繰り返し考えていました。『なんでだろう、次はどうしよう、もうだめなんじゃないか』とか」
弁護人「怒りはありましたか」
被告「それもありました」
弁護人「あきらめは?」
被告「それもありました」
弁護人「でもあきらめられなかった?」
被告「そうです」
弁護人「殺してしまいたいと思って新橋に行こうと思いましたか」
被告「行こうというか、いろんな思いが巡るサイクルが早くなって、冷静な判断ではありませんから…。とにかく新橋に行かなくてはと思いました」
林被告は自宅にあったハンマーと刃物2本をカバンに入れ、東京・西新橋の江尻さん宅へと向かった。
弁護人「美保さんの家に着いて、すぐ家の中に入りましたか」
被告「いえ、まだそこまで気持ちが固まっていたわけではなく、まだいろんな思いがめぐるのが続いていました」
弁護人「それはどんな思いでしたか」
被告「許せないという思いと、あと…刃物をカバンに入れているということでものすごい緊張状態でした。体と心が浮かれた状態でした」
弁護人「家の鍵が掛かっていたらどうしようと思いましたか」
被告「想定はしていませんでした」
弁護人「江尻さんたちが朝ご飯を食べていたらどうしようと?」
被告「そういうことを考えて想定していく精神状態ではありませんから、シミュレーションは一切していません」
他人事(ひとごと)のように淡々と答える林被告を、裁判員たちはじっと見つめる。
弁護人「2階に行けば美保さんに会えると思いましたか」
被告「そう思いこんでいましたね」
弁護人「犯行後はどうしようと?」
被告「それも考えられなかったです」
弁護人「考えようとしたけどできなかった?」
被告「いや、視野が極端に狭い状態ですから、どうするか、どうなるかを考えられる状況じゃない。頭の中は飽和状態というか…」
江尻さんの家に着いた林被告は玄関のドアに手をかけた。
弁護人「1回目にドアを開けたときはどうしましたか」
被告「開けた瞬間に怖くなってすぐ閉めて離れました」
弁護人「通行人の目は気にしましたか」
被告「もう見えていませんでした」
弁護人「2回目にドアを開けて入りましたね。それからどうしましたか」
被告「ドアを閉めて廊下に上がって…左側に行ったところでおばあさん、鈴木芳江さんに見られました」
弁護人「おばあさんを見てどうしましたか」
弁護人「おばあさんが私の方を見て何か声をかけました。『誰? 何?』とか…」
被告「もうびっくりして、何も想定していなかったので至近距離で声を出されて舞い上がってしまったというか…」
そして突然、林被告は鈴木さんに襲いかかった。
弁護人「美保さんに会うのにおばあさんが障害になると思いましたか」
被告「そんな余裕はありません。次の瞬間にはおばあさんの方に向かっていたと思います。はっきりとは覚えていません」
検察側は冒頭陳述で、林被告が江尻さん殺害の邪魔になると考えて鈴木さんを殺害したと指摘している。林被告はこれに反論した形だ。
弁護人「覚えている範囲でいいです。それからどうしましたか」
被告「おばあさんの上に乗っかったように思います」
弁護人「そのとき手には何か持っていましたか」
林被告は急にうつむいた。みるみる耳が赤くなり、鼻をすする音が聞こえる。泣いているようだ。
被告「ハンマーを向けました…」
弁護人「ハンマーでおばあさんをたたいたということですか」
林被告がうなずく。
弁護人「言葉で言ってください。録音しなくてはいけないので」
被告「…そうです」
弁護人「何回くらいたたいたのですか」
そのとき、傍聴席にいた被害者の関係者と思われる女性が声を上げて泣き出した。女性の嗚咽(おえつ)が大きくなり、裁判所職員が女性に退廷を促す。女性の「人殺し!」という悲痛な声が法廷に響いた。女性は職員に支えられながら退廷していった。
被告「…覚えていません」
林被告は消え入りそうな声でようやくそう答えた。
弁護人「ハンマーの後にナイフを使ったのは覚えていますか」
被告「覚えていません」
弁護人「おばあさんはどうしましたか」
被告「手で防ごうとして私の方に手を出しました」
鈴木さんが抵抗しなくなると、林被告は2階の江尻さんの部屋へと向かった。江尻さんを探し、林被告は4つの部屋の扉を次々に開けていったという。
弁護人「部屋の中に人がいましたが美保さんじゃないとわかりましたね。最後に右の手前の部屋の戸を開けたら美保さんがいましたか」
被告「いました」
弁護人「美保さんと会話はありましたか」
被告「何か言われたと思います。『どうしたの』とか…」
弁護人「それで林さんは美保さんに攻撃を加えましたか」
被告「はい」
弁護人「何回くらいですか」
被告「覚えていません」
林被告はベッドの上にいた美保さんに襲いかかり、2人でもつれ合うようにしてベッドから転げ落ちたという。
弁護人「林さんが美保さんの上に乗りましたか」
被告「はい」
弁護人「美保さんの両腕はどうなりましたか。林さんの腕をつかんでいたんじゃないですか」
被告「そうだと思います」
生々しい情景描写に息をのむ傍聴席。裁判員は全員顔を上げ、林被告の告白に聞き入っている。
弁護人「それからどうなりましたか」
被告「分かりません」
弁護人「誰か部屋に入ってきましたか」
被告「美保さんのお母さんとお兄さんとみられる人が入ってきました」
弁護人「それでどうしましたか」
被告「とっさに部屋から出たと思います」
弁護人「自分がですか? お母さんがですか?」
被告「分からない。記憶にありません」
首をかしげながら答える林被告。記憶があいまいなようだ。弁護人がもう一度質問を繰り返し、林被告は江尻さんの母が部屋を出たと答えた。
弁護人「林さんはどうしましたか」
被告「とっさに廊下に向かいました。お母さんと思われる人が階段を降りていきました」
江尻さんの母は家の外に飛び出し、大声で助けを求めたという。
弁護人「林さんは階段を降りてどうしましたか」
被告「家の中をうろうろしていたと思います。それで…手に血が付いているのに気づいて、着ている服とかその辺にあったもので手をふきました」
弁護人「あと何か覚えていますか」
被告「もう1回、2階に上がりました」
弁護人「2階で何を見ましたか」
被告「美保さんが廊下に倒れていました」
弁護人「それでどうしましたか」
被告「また階段を降りたと思います」
弁護人「そのあと警察がきて逮捕されたのですね」
林被告は小さくうなずいた。
ここで裁判長が30分の休廷を宣言。午後3時半から再開される。