(11)涙から一転、検察官の質問にいらだつ被告 「人の気持ちは簡単に割り切れない」
東京都港区で昨年8月、耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=と祖母の鈴木芳江さん=同(78)=を殺害したとして、殺人などの罪に問われている元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判は、30分の休廷を挟み、弁護側の被告人質問が再開した。弁護人が逮捕後の心境について尋ねていく。
弁護人「逮捕後、初めての(弁護人との)接見からほとんど泣き通しでしたが、これは大変なことをした、と感じるようになったのはいつの段階からですか」
被告「病院で治療してもらっているときです」
林被告は江尻さんらを刺した凶器の刃物で自分の両手を刺し、病院で40針縫ったと説明した。
弁護人「治療を受けながら、どう思いましたか」
被告「人を刺した犯人の私が、治療をしてもらっていいのか、と考えていました」
弁護人「その後、愛宕署の留置場で1カ月過ごしましたが、事件のことをどう思っていましたか」
被告「大変なことをしてしまったと」
弁護人「当時、美保さんはまだ入院していましたが、それについてはどうでしたか」
被告「重体と聞いていました。回復すると、信じていました」
被告の発言を受け、裁判員らが一斉にメモのペンを走らせる。
弁護人「(昨年)9月、拘置所で美保さんが亡くなったのを聞いたときはどうでしたか」
被告「最初はちょっと信じられない。信じたくないと、受け入れられなかったです。精神的に不安定になってしまいました」
弁護人「食事はできましたか」
被告「できませんでした。取り乱すような行為で職員に気付かれ、お医者さんで注射を受けました」
別の弁護士が交代し、当時の追いつめられた精神状態と、現在の反省状況についてまとめの質問に入る。
弁護人「自己中心的、自分勝手な理由で一方的に事件を起こしたと思いますか」
被告「思います」
弁護人「(店への出入り禁止を告げられた)21年の4月5日に『もういいよ』と言って店を出た後、それまでは信頼関係があって一生懸命(店に)呼んでくれていたのに、と思いましたか」
被告「そうです」
弁護人「(江尻さんと)関係が切れることが、信じられなかったですか」
被告「はい」
林被告は突如として肩を震わせ、涙声に。鼻水をすする音が、マイクを通じ法廷に響き渡る。
弁護人「別の憩いの場所を探そうと思ったことはありませんでしたか」
被告「ありません」
弁護人「今冷静に振り返って、選択の道は(犯行以外に)他にあったと思いますか」
被告「はい」
弁護人「美保さんと関係ない生活があなたにできなかったのは、4月4日までうまくいっていたからですか」
被告「はい」
弁護人「(質問を)終わります」
続いて、検察側の被告人質問が始まる。この日の発言の矛盾を突こうとする検察官に対し、弁護側の質問ではよどみなく答えていた林被告が、押し黙る。
検察官「美保さんに対する恋愛感情はなかったということで間違いないですか」
被告「…」
検察官「いかがですか」
被告「もう一回お願いします」
検察官「先ほどまで、美保さんに対して恋愛感情はなかったと話していましたが、それで間違いないですか」
被告「…はい」
検察官「一緒に外出したいという気持ちはなかった、というので間違いないですか」
被告「…」
検察官「答えてください」
被告「…はい」
検察官から「多く店を訪れたのは美保さんに誘われたためで、自発的な意思ではない」とする林被告の主張を崩そうとする質問が繰り返されるうち、林被告の言葉からいらだちの色がにじみ始める。
検察官「美保さんに誘われたから、お店に多く来店したんですか」
被告「誘われたのは事実です」
検察官「(美保さんから)人として信頼されていると話していましたね」
被告「はい」
検察官「具体的にはどういうことですか」
被告「意味が分かりません」
検察官「待ち伏せとか、変なことをしないという程度の信頼ですか?それとももっと深い人と人との信頼関係がある、ということですか」
被告「個人的な話をするとか。メールのアドレスや家の場所は、信頼していない人には話さないから、人として信頼されていたと思っていました」
検察官「では『変なことをしない人だ』という程度の信用があったということですか」
被告「ですから、信用していなければ家の場所は普通は話さないのでは」
かみ合わないやり取りに、若園敦雄裁判長が検察官に「質問を変えてください」と促す。
検察官「メールのアドレスを、他の人にも教えていると(美保さんから)聞いたことは」
被告「あります」
検察官「店の人がメールアドレスを教えることは、よくあることとは思いませんか」
被告「人によると思います」
検察官「珍しくないと?」
被告「珍しいとは思っていません」
検察官「信頼されていると思ったのは、予約を人とは別の形で受けていたからですか」
被告「はい」
検察官「他に理由はありますか」
被告「思いつきません」
ブログの「ピヨ吉」メッセージで、一度店から離れた林被告を美保さんが呼び戻した、とするエピソードについても質問が及ぶ。
検察官「『ピヨ吉』の話を、捜査段階でしましたか」
被告「忘れました」
検察官「(精神鑑定の)鑑定医には」
被告「覚えていないです」
検察官「供述調書には形跡がないが、なぜ話さなかったのですか」
被告「聞かれなかったからだと思います」
店に入り浸った理由は、「美保さんに誘われたから」か、「自分が行きたかったから」か。検察官が再度質問をぶつけると、林被告のいらだちはピークに達していった。若園裁判長も割って入って質問する。
裁判長「質問を言い換えると、(店には江尻さんに)誘われたから、嫌だけど行ったんですか。それとも誘われた上で、行きたかったから行ったんですか」
被告「行きたい気持ちは当然ありました。でも、自分から切り出した訳ではないです」
検察官「新宿東口店に行くようになった経緯については『店に行って寝ていた』といい、強引に誘われたかのように話していましたが、経緯はともかくとして、これも自分が行きたかったから行ったということなのですか」
被告「経緯はともかく、というと?」
検察官「指名予約を入れたのは、美保さんと会いたかったからですか」
被告「きっかけは説明したとおり、(美保さんから)言われたんですよ。誘われなければ行きません」
検察官「(行きたくなくても)誘われたから、深夜に店に行っても寝ていたんですか」
被告「行きたくないとも、つまらないとも言っていません」
検察官「聞いたことに答えてください」
被告「人の気持ちがそう簡単に割り切れるのか、よく分かりません。仕方なく(店に)行ったわけではありません」
涙から沈黙、怒りと、次々に表情を変える林被告。その真意を見逃すまいと、裁判員らは真剣な表情で見つめる。