第8回公判(2010.9.17)
1 「すぐいる?」メール「日本語として非常に不自然」
【主文】
押尾被告を懲役2年6月に処する。未決勾留日数中180日をその刑に算入する。東京地検で保管中のTFMPP(カプセル入りのもの)1錠を没収する。
【犯罪事実】
公訴事実第1(保護責任者遺棄致死罪)については、保護責任者遺棄罪の限りで認定した。その余の事実は、公訴事実と同旨。
【補足説明】
■合成麻薬MDMA譲り受けについて
弁護人は押尾被告が平成21年7月31日、六本木ヒルズレジデンスB棟23××号室(判決文では実際の部屋番号)で、泉田勇介受刑者(麻薬取締法違反罪で実刑確定)から違法薬物を譲り受けたことは認めるものの、それは公訴事実にいうような錠剤ではなく、粉末であったと主張し、押尾被告もこれに沿う供述をする。
泉田受刑者は譲り渡したのはMDMAの錠剤10錠であったことを明快に供述している。泉田受刑者の供述については、薬物の入手先を明かさないなどの状況があり、その信用性は慎重に判断しなければいけないが、供述は田中香織さん(被害者)が服用して急性中毒で死亡したMDMAが、泉田受刑者が押尾被告に譲り渡したものであるとするに沿うものである。
泉田受刑者は押尾被告へのMDMAの譲渡で有罪となれば、その前科関係からして実刑必至の状況の中で、このような供述に及んだものであって、泉田受刑者があえてこのような自己に不利益な虚偽の供述をすることは考えにくい。押尾被告の供述については(田中さんの死亡後)自己の犯跡を隠蔽(いんぺい)すべく、泉田受刑者に薬物の処分を依頼し、△△(押尾押尾被告の元マネジャー)らと口裏合わせに及び、また(MDMAを使用した麻薬取締法違反罪で有罪となった)前刑裁判で虚偽の供述をしており、その自己に有利な供述の信用性には相当の疑問があるといわざるを得ない。押尾被告が泉田受刑者から譲り受けた物の形状は錠剤10錠であったと認められる。
その譲り受けた物がMDMAであったことは、押尾被告が泉田受刑者から譲り渡された物を被害者に譲り渡し、被害者が服用したことが認められ、被害者の体内からMDMAが検出されている事実から優に認められる。
■MDMA譲り渡しについて
弁護人は事実を全面的に否認し、押尾被告もこれに沿う供述をする。
押尾被告と被害者はかねてから、MDMAを服用して性交を行う関係であった。押尾被告は肉体関係にあった女性2人、KとEと性交した際も、MDMAなどの違法薬物を飲ませたことがあった。
押尾被告はKとEに違法薬物を飲ませるなどした事実を否認するが、Kらが自己の名誉を損なってまであえて虚偽の供述をすべき事情は見いだしにくい。押尾被告の供述が信用できないことは明らかというべきである。
押尾被告は8月2日午後2時14分、被害者に「来たらすぐいる?」とのメールを送信し、午後2時17分、被害者が「いるっ」と返信した。押尾被告がこれから23××号室を訪問して性交する予定の被害者に対して、来たらすぐMDMAが欲しいかを尋ね、被害者が欲しいと答えたやり取りと認めるのが相当である。
押尾被告はメールのやり取りに対して、来たらすぐ押尾被告が要るか、つまりすぐ性交をするかという意味だと弁解する。しかし、性交を意味するものとして体が要るかという表現自体、日本語として非常に不自然である。その上で、現に押尾被告と被害者は、被害者が部屋を訪問してすぐに性交を始めていない。
被害者の訪問時刻は同日午後2時半過ぎで、性交の開始時間は、同室のブルーレイディスクの電源がオフになった午後3時56分以降と認められる。
Kは押尾被告と会って性交をする予定の日、押尾被告から事前に「あれいる」とのメールを受け取り、「いらない」と返信したが、その日も予定通り性交している。Kは押尾被告の「あれ」とは薬物のことを指していると理解したといい、この状況は押尾被告の弁解とおよそそぐわない。押尾被告の弁解は虚偽である。押尾被告が被害者に泉田受刑者から入手したMDMAを譲り渡し、それを被害者が服用したことが相当強く推認される。
一方、押尾被告は被害者が服用したMDMAは押尾被告が泉田受刑者から入手したものではなく、当日被害者が持ってきたと弁解する。さらに被害者が持ってきたというMDMAについて(「来たらすぐいる?」という)メールの後の被害者からの電話で「新作の上物がある」との話があった、ダークブラウンの三角形の錠剤20個ぐらいだったという。
確かに関係証拠によれば、被害者は暴力団員と付き合いがあったことは認められ、コカインを使用していたことがうかがわれるのであって、被害者が独自にMDMAを入手できた可能性がなかったとまでは言い切れないものがある。
しかし、被害者からの(『いるっ』という)返信メールは、被害者がMDMAを自ら持ってきて飲んだという押尾被告の弁解とそぐわない。返信メールの際、被害者はすでに家を出ているのであり、もし被害者が自分のMDMAを使うべく持参していたとすれば、「いるっ」との返信はいかにも不自然というほかない。
そして、事件後、押尾被告から薬物の処分を依頼された泉田受刑者が薬物の形状を確認したところ、三角形の錠剤ではなかったことを明瞭(めいりょう)に供述していることなどから、押尾被告の弁解は到底信用できない。MDMA譲り渡しの事実は優に認められる。
■保護責任者遺棄致死罪の成立を認めず、保護責任者遺棄罪の限度で成立を認めた理由
弁護人は保護責任者遺棄致死罪、さらに保護責任者遺棄罪は成立しないと主張し、押尾被告もこれに沿う供述をする。
MDMA服用後の被害者の容体の推移について、押尾被告の捜査段階の供述調書がある。弁護人は調書の任意性を争うが、弁護人が逮捕以降に毎日のように接見していたことや、調書の記載内容などから、その任意性に疑いがないことは明らかである。そして供述記載は、その場にいた者にしか供述できないような迫真性、具体性を備えていることが指摘できる。
すなわち、
ベッドの上で被害者が突然状態を起こしてベッドの上にあぐらをかいた。
みけんにしわをよせながら、ハングルのような言葉で誰かに文句を言うようにぶつぶつしゃべりだし、今度は違う方を見ながら「掛け金が」などと怒鳴り始めた。
だんだん激しく怒り出し、歯を食いしばってうなり声を上げ、両手を何度か上下に動かした。
押尾被告がほほをたたくなどすると、ヘニャッと笑って「ごめんねぇ」と言った。
すぐに表情がなくなり、ぼーとしたような顔になった。
上記までの状態を2、3回繰り返した。
両目を大きく大きく開き、黒目を左右にギョロギョロ動かし、白目をむきだして映画の「エクソシスト」みたいになった。
無表情で一点でにらみつけたまま、のどの奥の方からうなり声を漏らして、映画の「呪怨」みたいになった。
押尾被告が声をかけたが、うなり声を上げるだけで会話をしなくなった。
ボクシングの前をしたり、エクソシストのような顔をしたりと繰り返した。
ベッドの上にあおむけに倒れ、息が止まっているみたいだった。押尾被告が手首の脈をみたが、脈は打っていないみたいだった。
以上であり、これらの容体の推移の時間的経過について、午後5時50分ごろから午後6時20分ごろまでとの供述がある。このような被害者の容体の推移は、MDMAの急性中毒症状として、医学的にみて特に不合理不自然ではない。
押尾被告は公判で「被害者が突然ベッドの上で上体を起こし、あぐらをかいて、ひとりでぶつぶつ何かを言い出した。怒ったり、笑ったり何かをにらみつける表情もあった。そのような状態が10分くらい続いて、突然あおむけに倒れた。脈を測っても動いてなかった」などと、突然心肺停止状態になったかのような供述をする。
しかし押尾被告は被害者の容体の推移について、捜査段階では公判と異なる供述をしており、公判の供述は到底信用できない。