第5回公判(2010.9.10)
(9)「突然奇声を発し、空をつかもうする」…医師は「周囲も分かる」と断言
保護責任者遺棄致死などの罪に問われている元俳優、押尾学被告(32)の裁判員裁判第5回公判が続く。合成麻薬MDMAを服用後に死亡した飲食店従業員、田中香織さん=当時(30)=の鑑定書を読んだ東京都立墨東病院、胸部心臓血管外科の男性専門医に対する証人尋問が行われ、男性弁護人が尋問を行っている。
弁護人「肺水腫を患った傷病者はどの段階であぐらをかくのでしょうか」
証人「ケース・バイ・ケースで何とも言えません。最後まで訴えられない方もいます」
弁護人「田中さんの場合は、心不全と肺水腫を併発して亡くなったということですか」
証人「心不全となり、肺水腫で亡くなったと考えてもらいたいです」
弁護人「そのあと、心室細動が起き、心停止に至ったということでしょうか」
証人「そうです」
弁護人「併発とはいえないのでしょうか」
男性検察官が立ち上がり、異議を申し立てる。
検察官「肺水腫とは現象であり、死因を両立して言っても答えられないのではないでしょうか」
田中さんの死因について弁護人があらゆる可能性を探ろうとしている。
弁護人「交感神経の過興奮から呼吸不全で亡くなるとは考えられますか」
証人「呼吸不全は幅が広く、いろんな原因で起こるので答えにくいです」
弁護人「肺水腫の根本治療は救急隊でできるのでしょうか」
証人「一番大事なことは血液の循環を保つことです。救急隊員は口から肺に詰まった泡を除去し、心臓マッサージなどの有効な循環回復ができます。一般の方には無理でも医師はもちろん、救急隊員以上なら可能だと思います。肺水腫の根本治療は不可能でも、取り返しのつかない事態になるまでの時間稼ぎはできるということです」
代わって男性検察官が質問を始めた。
検察官「田中さんのケースの場合、救急隊が心臓停止前に現場に到着したとして、救命可能性は50%くらいですか」
証人「いや、もっと高いでしょう」
検察官「高体温が原因で亡くなったということを弁護人は聞きたいようですが、体温が高いことが症状悪化につながるのでしょうか」
証人「セロトニン症候群になれば、救命は難しいが、そこに至ったかを判断することは難しいです」
検察官「鑑定書からセロトニン症候群は認められますか」
セロトニン症候群とは、脳内のセロトニン濃度が高すぎることによって引き起こされる症状で、自律神経などに深刻な影響を与える。
証人「認められません」
検察官「薬物を飲んだ量は関係ありますか」
証人「量によって症状のスピードに変化はありません。血液中の濃度が上がるスピードも変わりません」
押尾被告は右手でメモを取り、左手をひざの上に置いている。
別の男性検察官が専門医に質問を始めた。
検察官「起座呼吸は苦しいのでしょうか」
証人「相当苦しいです。言葉になりません。突然言葉や奇声を発するようになり、空をつかもうとしたりします。意味不明な言動を取ろうとすれば周囲も分かります」
検察官「症状が表れたとき、周りの人が救急車を呼ぶことを期待できますか」
証人「通常の社会観念を持っていれば呼ぶべきです」
向かって右側の男性裁判官が専門医に質問を開始した。
裁判官「重症の肺水腫で、症状が表れてから少なくとも30分がたったとありましたが、発症の時点はいつごろですか」
証人「MDMAを飲めば必ず発症するということはありません。どのくらいから始まったかは分からないです」
裁判官「中毒患者は意識障害も生じますが、不整脈と意識障害はともに起きるのでしょうか。それとも一定の段階を経るのでしょうか」
証人「MDMAは興奮剤です。幻覚作用や酩酊(めいてい)作用はありません。『ハイ』の状態になるのが一般的です。意識がなくなることはほとんどありません。田中さんは低酸素脳症。肺の中に水がたまり、徐々に進行していったと考えられます」
裁判官「被害者が痙攣(けいれん)したり、壁に何かを言っていたのは血中の酸素が少なくなっていたからですか」
証人「わめいたり、うめき声を上げたりというのは症状の一つです。肺水腫が起きてから意識障害が生じたと考えられます」
押尾被告が頭をかきむしる。
山口裕之裁判長が肺水腫の進行における症状の変化について専門医に尋ねている。
裁判長「肺水腫の30分という時間はどういうことを意味するのでしょうか」
証人「肺水腫が進行し、死に至るには少なくとも30分の時間が必要であり、通常は1〜2時間かかります」
法廷内の大型モニターに田中さんの死亡までの経緯について記した経過表が映し出される。
裁判長「肺水腫はどの時点で起きたと考えられますか」
証人「断定はできないが、ベッドの上で突然容体が変化したあたりです。5時50分ごろに肺水腫が起きたのではないでしょうか」
裁判長「時間は気にしないで構いません」