第5回公判(2010.9.10)
(8)「真綿で首を絞められたような息苦しさ」…医師は症状の深刻さ証言
合成麻薬MDMAを一緒に飲んで、容体が急変した飲食店従業員、田中香織さん=当時(30)=に対する保護責任者遺棄致死などの罪に問われている元俳優、押尾学被告(32)の裁判員裁判第5回公判は午後の審理が始まった。
約1時間の休廷の後、午後1時15分、審理が再開。押尾被告は入り口で一礼し、弁護人の隣の席に座った。山口裕之裁判長が開廷を告げると、黒いスーツに青のネクタイを締めた証人が入廷した。都立墨東病院胸部心臓血管外科の医長だという。男性検察官が質問を始める。
検察官「田中さんが亡くなられたのはご存じですか」
証人「はい」
検察官「死亡鑑定書は見ましたか」
証人「はい」
検察官「死因は?」
証人「不整脈による急性心不全と考えます。MDMAが検出されておりますので、薬理的作用によって脈が速くなるタイプの不整脈で、それが徐々に心臓に負担をかけ、肺水腫を起こしたと」
検察官は、肺水腫と心不全の因果関係を尋ねた。
検察官「容体が悪くなってから、死亡するまでの経過時間はどれくらいかかると考えますか」
証人「鑑定書を見ますと、重症の肺水腫を引き起こしています。どんなに短くても30分。1時間、2時間はかけないと、あれほど重症の肺水腫はつくられない」
検察官「心臓が止まった後に、口から泡を吹くことはありますか」
証人「ありません」
田中さんは、ベッドの上で口から泡を吹いた状態で発見された。
検察官「肺水腫を発症した場合、周囲にいる人は、肺水腫だとは分からなくても、何か体に異変が起こっているのか分かるでしょうか」
証人「肺水腫は、簡単に言いますと、人間の血液の体の循環が悪くなって、肺に負担がかかります。乾燥した食器洗い用のスポンジを想像してください。ここに水がしみてくると、これが重たくふくらんで硬くなる。当然、空気が満たす部分が少なくなる。これは瞬時に起こるものではありません。口から泡を吐き、最初はせき、息苦しくなり、これは患者さんがよく使う表現なんですが、真綿で首を絞められたような息苦しさがどんどん、どうにもこうにも最終的にはもがき苦しんで絶命します。まわりにいる人間も分かる」
証人は、分かりやすいように簡単な言葉を選んで肺水腫の症状を説明した。
検察官「今回、心室細動が起こる前に救急車が到着し、先生のもとに運ばれていたら救命の可能性はどうでしょうか」
証人「体の中に致命的に修復不可能な状態ではなかった。ちゃんと循環を再開させれば、この方は救命できた。9割以上の確率であったと私は推測します」
検察官が尋問を終え、女性弁護士が立ち上がり、質問を始めた。
弁護人「救急隊が病院に搬送の途中に、患者さんが心肺停止になった場合、一般的な救命の確率は?」
証人「私は救命センターのものではないので、脳梗塞(こうそく)とか一般の範囲は広いので、ケース・バイ・ケースだと思います」
ここで弁護人は、証人がかつて検察官に対し、救命の確率が50%と主張していたと指摘する。検察官から「引用するなら正確に引用してほしい」と要求されたため、資料の該当個所を読み上げ始めた。
弁護人「『午後6時20分ごろに死亡を前提として、午後6時に通報した場合、搬送途中で心肺停止した場合の救命率は50%から90%になる』…。このようなご見解を述べていますね」
証人「はい」
弁護人「救急車の中で心肺停止しますと何をしますか」
証人「救急隊の方に聞いていただいた方がよいのですが、一般的には、救急車の中でもモニター、心電図をつけますので、救急車の中であろうと心臓マッサージや人工呼吸をただちに開始すると思います」
弁護人「あおむけにして胸を押す?」
証人「そうです」
弁護人「あおむけになると肺水腫の影響は」
証人「あおむけになると息苦しくなりますが、最近は救急車でも患者さんの状態に合わせて体位を変えられます」
弁護人「体位を少し起こした状態で心臓マッサージができますか」
証人「心臓マッサージをするときはすでに意識がないので、フラットな状態で行います」
押尾被告は、ノートに何か書き留めている。
弁護人「田中さんが、ほぼ1時間おきに、(午後)3時前、4時前、5時10分前くらいに追加して薬物を摂取した場合、治療にあたって特別に考慮することはありますか」
証人「質問の意味がよく分かりません」
弁護人は、複数回、薬物を飲んだ際の治療方法について尋ね、引き続き、男性弁護士が質問に立った。
弁護人「あぐらをかくというのが肺水腫の症状の一つの表れということでいいですか」
証人「これは類推ですが、あおむけだと患者さんが息苦しいので起きあがる、これを『起座呼吸』、『起きあがる』に、座禅の『座』と書きますが、たぶんその呼吸じゃないかと思いますが、確信はありません」
冒頭陳述によると、田中さんはあおむけ状態から突然起きあがり、あぐらをかいて意味不明の言葉を発していたとされる。
押尾被告は、メモを取る手をとめ、ノートをじっとみつめている。