第5回公判(2010.9.10)

 

(6)MDMA中毒「集中治療室ならほぼ全て蘇生できる」…医師は救命に確信」

押尾被告

 昭和大学医学部で救命救急センター長を務める男性医師に対して、弁護側の証人尋問が続いている。保護責任者遺棄致死などの罪に問われた元俳優、押尾学被告(32)と一緒に合成麻薬MDMAを飲んで容体が急変した、飲食店従業員、田中香織さん=当時(30)=の死亡に関連して、男性弁護人は、MDMAを大量に服用した場合の治療法と救命の可能性について質問していく。

 法廷内の左右の大型モニターには、MDMAを大量に服用した場合の、患者の症状と治療法についてのチャート図が映し出されている。図には、AED(除細動機)やPCPS(人工心肺)など、医療の専門用語とその略語なども書かれており、質問に答える医師が話す専門用語が理解しやすいように配慮しているようだ。

弁護人「MDMAの解毒剤のようなものはあるのですか」

証人「ないということになっています。あれば多くの施設で使うでしょう。ただ、MDMA中毒の治療は、総合的な戦略を立ててから行うもので、瞬間的には薬でMDMAの血中濃度を下げられても、元のもくあみに戻る場合もある」

弁護人「MDMAの血中濃度が高いと、時間とともに下がるものですか。時間はかかるものですか」

証人「どんなに頑張っても、3日から1週間はたたないと血中濃度は下がりません。剖検(病理解剖)のときの濃度は致死量をはるかに超えているので、3日から1週間かかったであろうことは、確信を持てます」

弁護人「過去の経験で、これだけの高濃度の患者さんはいましたか」

証人「薬を飲んだかについては、カンファレンス(病院内での会議)で議論になるが、濃度については、高いのが前提なので記憶はありません」

 男性弁護人から女性弁護人に質問者が交代する。押尾被告はいすに斜めに座り、証言者の方を向いてやりとりを聞いている。これまでの公判と違い、メモはあまりとっていないようだ。

 女性弁護人は、心室が小刻みに震えて全身に血液を送ることができない状態「心室細動」にMDMA中毒によって陥った場合の治療法について質問していく。細動を取り除くため、電気ショックを与えるAEDと呼ばれる機器の有効性や、より重症になった場合にPCPSと呼ばれる、人工心肺を使った治療が必要なのかどうかなどを確認していった。

弁護人「先ほどのお話では、MDMAによる心室細動は、除細動が効きやすいということでよろしいでしょうか」

証人「心臓自体に(心室細動の)原因があると、心筋梗塞(こうそく)で心臓全体にダメージがあります。ただMDMAの中毒の場合はそうではないです」

弁護人「MDMAのような薬物で起きた心室細動は、難治性ということでしょうか」

証人「MDMAによる心室細動がすべて難治性で、PCPSを使わないといけないというわけではありません」

弁護人「病院内では、心室細動はほぼ治療できるということでよろしいのでしょうか」

証人「集中治療室にいれば、看護婦も含めてAEDを使える医療者がいるので、ほぼ全例について蘇生(そせい)できます」

 女性弁護人の質問は終了した。続いて、山口裕之裁判長に促され、裁判員が質問していく。向かって右から3番目の女性裁判員が質問を始めた。

裁判員「裁判員3番です。病院ではなく部屋の中でMDMAを過剰摂取した場合、人工呼吸や心臓マッサージをしただけでは蘇生は困難ということでしょうか」

証人「おかしいと思った人が目の前にいた場合、人工呼吸と心臓マッサージをすることで、社会復帰の可能性が高まるのは事実です。そういうことを、死ぬだろうからやらないとか、死ななそうだからやるとかではなく、そういう措置をするのは心肺蘇生にかかる現代人の作法です。そういうことをしないと、脳をやられてしまうので社会復帰が困難になります」

 証人の男性医師は「脳をやられる」という説明の際には、頭を手で触れるなどの身ぶり手ぶりを交えながら質問に答えていく。裁判員の女性やその左隣の裁判員の男性は、うなずきながら説明を集中して聞いている。女性裁判員は質問を続けた。

裁判員「そのほかに、救急センターに電話をすることが必要ということでしょうか」

証人「センターに電話というより、119番にコールして119を受けた側が搬送先を決めるので、居合わせた人が救急センターに連絡することはありえません」

 証人の医師は言葉を選びながらもはっきりした口調で早口で答えていった。

⇒(7)「病院なら100%、救急隊が駆け付けていれば9割近い」医師は高い救命率を提示