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(6)「犠牲者1人、死刑は躊躇」無期求刑に、リンゼイさんの両親は…

英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=が殺害された事件で、殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の論告求刑公判は、検察側の論告の読み上げが続く。

男性検察官は強姦行為から、リンゼイさんが死亡するまでに時間差があったとしても、強姦致死罪が成立すると訴える。

検察官「市橋被告は強姦の後、いつでも強姦できるように結束バンドで縛るなどしていましたが、大声を上げられたためリンゼイさんを殺害しました」

検察官は過去の判例で強姦後に女性が逃げようとして男の顔を殴り、男が女性に膝蹴りをしてけがを負わせた事件で、強姦致傷罪が成立したことなどを説明して、市橋被告の事件でも強姦致死罪が十分に成立するとした。

検察官「続いては考慮すべき情状についてです。ひとつは結果が重大ということです。リンゼイさんの生命が奪われており、これは取り返しのつかない重大な結果であることは明らかです」

検察官はリンゼイさんが英国で3人姉妹の次女として生まれ、大学では生物学を学び、英会話教師になるために来日した経緯を振り返る。

検察官「リンゼイさんは日本を安全と考えて来日しました。父親にも『ここはロンドンより安全』と話していました」

「リンゼイさんには事件当時、婚約者もいました。夢と希望にあふれた人生を歩んでいたリンゼイさんは当時22歳でした。たまたま市橋被告に目をつけられ、犯行の犠牲になりました。その日(事件当日の平成19年3月25日)もいつも通りに仕事に行く予定でしたが、市橋被告から苛烈な暴行を受け、強姦され、殺害され、尊い命を奪われました」

「二度と故郷のイギリスに戻ることはできません。すべてを奪われました。リンゼイさんはどれだけの恐怖を感じたかを語ることもできません」

厳しい口調で論告を読み上げ続ける検察官。検察側の後方に座るリンゼイさんの母、ジュリアさんは目頭を押さえた。

検察官「犯行は粗暴かつ悪質です。市橋被告はリンゼイさんの顔を殴り、結束バンドで緊縛して、苛烈な暴行を加えました。市橋被告は言葉巧みにリンゼイさんを(自宅マンションまで)誘い込み、暴行を加えて抵抗できなくして強姦しました」

「さらに3〜5分程度、首を圧迫して殺害し、遺体を浴槽に入れてベランダまで運び、土を入れて遺棄しました。死者への畏敬の念をまったく感じられません」

市橋被告は背中を丸め、微動だにしない。

検察官「動機は身勝手、自己中心、かつ悪質です。市橋被告は性欲を満たすために強姦しました。そして強姦の発覚を恐れてリンゼイさんを殺害し、殺害の発覚を恐れて遺体を遺棄しました。短絡的で自分勝手な動機に端を発しています。同情すべき事情はまったくありません」

「犯行後の情状も悪質です。市橋被告はリンゼイさんのカーディガンをゴミ袋に入れており、リンゼイさんの衣服をすべて処分しようとしていました」

「またスポーツジムに行こうとしていました。リンゼイさんを強姦、殺害した後にジムに行くというのは『非人間的発想』です。2年7カ月逃走して、偽名で働きながら、整形手術も受けています。何としても逃げようと、自分のことだけ考えています」

検察官はリンゼイさんの両親の処罰感情が峻烈であることも指摘した上で、裁判員に訴えかける。

検察官「リンゼイさんのご両親の証言を聞かれ、ご両親の立場になって考えられてきたと思います。娘さんが強姦、殺害されて遺体が遺棄されたご両親の立場になり、今一度考えてください。ご両親はイギリスからわざわざ来日され、懸命に証言されていました。娘さんを奪われたご両親の心は癒されることはありません。最大限の処罰を求められることはごくごく自然、当然のことです」

傍聴席から向かって右から3番目の男性裁判員は真剣なまなざしで検察官の訴えに耳を傾けている。検察官は、さらに市橋被告が検察官やリンゼイさん遺族の代理人弁護士の被告人質問に対し、十分な返答をしなかったと指摘した上で断罪する。

検察官「市橋被告は第1回公判で『事件のことを話す義務がある』という内容のことを言っていましたが、それは口先だけの言葉でした。市橋被告のこの法廷での態度は自らの罪を軽くしたいとの考えをありありと示しています」

検察官は市橋被告が遺族に宛てた謝罪の手紙が逮捕から6カ月後に書かれたものであることも指摘し、被告にとって有利な情状として考慮すべきでないと訴えた。

検察官「弁護側は市橋被告に前科がないこと、若いことを有利な情状としていますが、これまで検察側が述べてきた情状、事実に比べれば重要ではありません」

ここで検察側は求刑に入る。検察官の口調も鋭くなっていく。

検察官「悪質な情状、有利な情状を考慮しました。殺人が強姦とともに行われており、極めて重い処罰が必要です」

静まりかえった法廷に検察官の声が響く。裁判員たちも緊張した様子だ。

検察官「本件は重大な結果をもたらしました。しかし、犠牲者の人数が1人であること、被告に前科がないことを考慮すると、死刑を求刑することは躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ません」

リンゼイさんの両親が望む最高刑の死刑は、求刑されないことが決まった。検察側の後方に座る父親のウィリアムさんと母親のジュリアさんは、厳しい表情を見せている。しかし自席で静かに座り、落胆の様子は見せない。死刑が求刑されないことを覚悟していたのだろうか。

検察官「殺人と強姦が行われたことを考えると、有期刑は軽すぎます。求刑は『無期懲役』。無期懲役を求めます」

傍聴席の記者たちが速報を伝えるために一斉に立ち上がり、法廷の外に駆けだす。バタバタと足音が鳴り響く中、堀田真哉裁判長が休廷を宣言した。

刑務官に促されて市橋被告は立ち上がり、退廷する。顔はうつむいていたが、背筋は伸び、しっかりとした足取りだった。その背中をリンゼイさんの両親はにらみつけていた。

⇒(7)リンゼイさんの傷跡「1つ1つがメッセージ」遺族代理人が懸命訴え