(9)「私の人生は私のもの」決然 言い放ったリンゼイさんの言葉
千葉県市川市のマンションで平成19年、英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=が殺害された事件で、殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第3回公判は、休憩を挟んで再開した。リンゼイさんを暴行後、さらに殴りつけたときの行動から、男性弁護人の質問が続く。
弁護人「抵抗できない被害者を2発、しかも強い力で殴った。なぜそんなひどいことをしたんですか」
市橋被告「私はかっとなりました」
弁護人「どうしてかっとなったんですか」
市橋被告「リンゼイさんから『たばこを吸いたい』といわれて、私は『できない』といいました。それからやり取りがあって、私はかっとなってリンゼイさんの顔を殴りました」
弁護人「しかし、あなたは人間関係をつくって許してもらう気でいたんではないんですか」
市橋被告「そうです」
弁護人「感情的に殴りつけて、穏便には済まなくなってしまった?」
市橋被告は涙声で答えた。
市橋被告「そうです」
弁護人「その後、どう考えたんですか。後悔の他には?」
市橋被告「彼女、リンゼイさんに逃げられてはいけないと思いました」
弁護人「どうしてですか」
市橋被告「私がリンゼイさんを姦淫(かんいん)した上に、殴ったからです」
弁護人「では、どうしようと思ったんですか」
市橋被告「今はダメだけど、何とか許してもらいたいと、それだけ思っていました」
浴槽の中で手足を縛られたリンゼイさんとともに、4畳半の和室にいた市橋被告。弁護人は2人の会話について尋ねていく。
弁護人「リンゼイさんは何と話しましたか」
市橋被告「『トイレに行きたい』と言いました」
弁護人「他には?」
市橋被告「リンゼイさんの家族構成についても話を聞きました」
突然の「家族」の言葉に、リンゼイさんの母、ジュリアさんは目頭を押さえる。
ここで、弁護人はこれまでの証拠調べなどで明らかになっていない詳しい犯行時刻などについても質問する。市橋被告は殴りつけたことについて「まだ明るかった」とし、会話のやり取りについては「日が落ちて暗くなってから」と答えた。弁護側は暴行と死亡の時間差を強調したいようだ。
弁護人「他には、どんな話をしましたか」
市橋被告「リンゼイさんは『私は子供をたくさん産みたい。私の人生は私のもの』と言いました」
弁護人「他には?」
市橋被告「『(リンゼイさんの)ルームメートがパーティーに行っている。今なら大丈夫』と言いました」
リンゼイさんは今無事に返してくれれば取り返しがつくと、伝えようとしたようだ。弁護側は、市橋被告がもっぱら聞き役だったことも強調したいようだ。
弁護人「(平成19年)3月26日午前0時半ごろ、当時の彼女にメールをしていますね」
市橋被告「出しています」
「これから1週間ぐらい部屋にこもって勉強します。1週間電話しない」という内容のメールについては、初公判の証拠調べでも紹介されている。
弁護人「1週間の間に、被害者と人間関係をつくろうと思っていたんですか」
市橋被告「はい、そう考えていました」
ここから、リンゼイさんが死亡に至る経緯について、質問が始まる。
当時の彼女にメールを出した市橋被告はそのまま眠りについたが、3月26日午前2〜3時の間に目を覚ましたという。浴槽の中のリンゼイさんの様子を確認すると、手の結束バンドが外れていたという。
弁護人「外れているのを見て、どうしましたか」
市橋被告「外れている、と思った瞬間、リンゼイさんはこぶしで私の左こめかみを殴りました。頭を壁にぶつけ、何が起きたか分かりませんでした」
弁護人「その後は?」
市橋被告「大きな音がしました」
弁護人「何の音?」
市橋被告「リンゼイさんを探すと、浴槽が倒れていました」
弁護人「音は浴槽が倒れた音だったんですか」
市橋被告「分かりません。左こめかみを殴られ、壁に打ちつけられたときに大きな音がしました。浴槽が倒れ、リンゼイさんが浴槽から出ていました」
事件の核心部分に迫るにつれ、リンゼイさんの両親ら家族の表情が険しくなっていく。
弁護人「リンゼイさんの体勢はうつぶせですか」
市橋被告「はい」
弁護人「静かにはっていたのですか」
市橋被告「いいえ。大声を出して逃げていこうとしました」
弁護人「それはどんな声でしたか」
市橋被告「獣のようなうなり声でした」
女性通訳が「animal」(動物)の単語を発すると、リンゼイさんの母、ジュリアさんは大きく首を振った。
弁護人「声を聞いてどう思いましたか」
市橋被告「下の住人に声が聞こえてしまうと思い、追いすがりました」
必死ではい逃げるリンゼイさんに乗りかかった市橋被告。左腕を伸ばし、リンゼイさんのあごを覆ったという。ジュリアさんからおえつが漏れ、リンゼイさんの父、ウィリアムさんがジュリアさんの膝に手を置く。
弁護人「リンゼイさんに声を出されないようにするだけの目的で腕を伸ばしたんですか」
市橋被告「いいえ。逃げられないようにするためです」
弁護人「そうすることで声は止まりましたか」
市橋被告「止まりませんでした」
弁護人「それで、どういう行動をとったんですか」
市橋被告「左腕をもっと伸ばして、彼女の顔を巻くようにしました」
弁護人「リンゼイさんの様子はどうでしたか」
市橋被告「リンゼイさんは、まだ声を出していました。前に進んでいこうとしていました」
市橋被告の語る「リンゼイさんの死」が目前に迫り、法廷内は緊張感に包まれる。