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(3)「気味の悪い、変わった人」 リンゼイさんが語った被告の印象

英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第3回公判。事件当時、リンゼイさんと同居していた○○さん(法廷では実名)への証人尋問は、検察側の尋問が終わり、弁護側の尋問へと移る。

男性弁護人は、リンゼイさんと市橋被告の関係について、事件直後、供述調書を作成したときの状況を確認する。

弁護人「警察には、正直に話したということで、よいですか」

証人「はい」

男性弁護人はリンゼイさんと市橋被告の関係について尋ねた。

弁護人「市橋被告はリンゼイさんに『英語を教えてほしい』としきりに頼んでいたのですね?」

証人「市橋被告は、リンゼイさんだけに頼んでいて、一緒にいた私たち2人の友人には頼んできませんでした」

男性弁護人の質問は、市橋被告がリンゼイさん宅で描いたという似顔絵についてに移った。

弁護人「市橋被告は、(リンゼイさんの自宅で)リンゼイさんの似顔絵を描いて、連絡先を添えて渡したのですね?」

証人「はい」

男性弁護人が法廷の壁に設置された大型モニターにそのときの似顔絵を映し出す。シンプルな線で描かれた、ほほえむリンゼイさんの横顔の右に、市橋被告の名前と電話番号、メールアドレスが書かれている。市橋被告はモニターを見ようともしない。

男性弁護人は、似顔絵を証拠として採用することを求め、堀田真哉裁判長はこれを許可した。

弁護人「市橋被告が帰ったあと、リンゼイさんは彼のことを『気味の悪い、変わった人』と言っていたのですね?」

証人「はい」

弁護人「『危険だ、怖い人物だ』とまでは言っていなかったのですね」

証人「はい」

弁護人「あなたも危険とまで思わなかった?」

証人「私は彼のことを評価できるほど、そばにいたわけではないので…」

弁護人「危険とまでは思わなかったということですね?」

証人「市橋被告を評価できるほど、そばにいたわけではないというだけで、危険だと思わなかったわけではありません。私も気味が悪いとは思いました」

弁護人「あなたと市橋被告は、そのときが初対面だったのですか」

証人「はい」

弁護人「リンゼイさんも市橋被告とは初対面だ、と言っていたのですね?」

証人「はい」

弁護人「初対面の市橋被告を、リンゼイさんは深夜、自宅に連れ帰ったのですね?」

証人「はい」

男性弁護人は、○○さんの口から、リンゼイさんは○○さんと違って市橋被告に好意的だったとの言葉を引き出したいようだ。リンゼイさんの両親は、男性弁護人を注意深く見つめている。

弁護人「(市橋被告の似顔絵を画きたいという)申し出に対し、リンゼイさんだけが了承した?」

証人「はい」

弁護人「そのときに、リンゼイさんは、自分の連絡先を(市橋被告に)渡したのですね?」

証人「はい」

男性弁護人は、リンゼイさんの自宅に来たとき、帰りたがらなかったという市橋被告の様子について質問する。

弁護人「市橋被告が自宅に来た時間は、深夜12時過ぎだったのですね?」

証人「はい」

弁護人「あなた自身、迷惑だから(市橋被告に)早く帰ってほしい、と思いましたか」

証人「はい」

男性弁護人は、○○さんが、そのとき、市橋被告に抱いた悪い感情について質問を続ける。

弁護人「市橋被告が帰りたがっていないように見えたのは、あなたが(市橋被告に)早く帰ってほしいと思っていたからではないですか」

証人「まぁ、そうですね」

男性弁護人は、市橋被告に好意を持っていたともとれるようなリンゼイさんの行動について、○○さんから話を引き出そうとしているようだ。

弁護人「市橋被告がリンゼイさんに『水を飲ませてくれ』と言って、自宅に上がり込んだんですか。それともリンゼイさんが『水でも飲みませんか』と誘ったのですか」

証人「よく覚えていません」

弁護人「事件直後に作成されたあなたの供述調書によると、『リンゼイさんは達也(市橋被告)の息が切れているから、水でもどうぞ、と誘った』と書いているが、その内容が正しいのでは?」

証人「はい、そう言いました」

弁護人「今は事件から4年がたっています。供述調書は事件直後に作成したものです。直後の供述調書の方が正しいのではないですか」

○○さんは、「今は覚えていない」と答えるが、男性弁護人は重ねて質問する。

弁護人「事件直後の方が正確なのではないですか」

証人「それは、そうです」

男性弁護人が改まったように上体をそらした。

弁護人「○○さん、市橋被告にあなたはどのような感情を持っていますか」

証人「感情の変化までですか」

弁護人「ただ、あなたが市橋被告をどう思っているか聞きたいだけです」

○○さんは、体をよじらせ、しばらく沈黙したあと、ゆっくり一語一語区切るように話し出した。

証人「本当に許せない。耐えられない憤りを感じます。彼は彼女に対してしたことについて、償うべきです」

リンゼイさんの父、ウィリアムさんが「その通り」というように、小さくうなずいた。

弁護人「そういった感情が市橋被告に対する記憶を変容させているわけではないのですか」

証人「市橋被告はああして彼女を殺しました。私が抱く気持ちは当然のものです」

小さい声ながら、○○さんは、はっきりと答えた。

弁護人「あなたはカナダ国籍ですか」

証人「はい」

弁護人「カナダには死刑がありますか」

証人「ありません」

弁護人が質問を変える。

弁護人「マンションは商店街からはずれていますよね?」

証人「そうです。はずれています。住宅街です」

弁護人「リンゼイさんが帰宅したのは21日にかけての深夜ですね?」

証人「そうです」

弁護人「ずいぶん遅い時間と思いますが、日本は治安がいいので、夜中に移動しても問題ないとお感じでしたか」

ここで通訳の女性から質問が出る。

通訳「それは今日現在の気持ちですか。それとも当時?」

同居していた友人が事件に巻き込まれ、痛ましい姿で見つかる。確かに現在は治安がいいと感じているはずがない。

弁護人「当時です」

○○さんは「そうです」と答え、弁護人の質問は終わった。次いで男性検察官が追加の質問を行う。

検察官「リンゼイさんが深夜に帰宅したとき、あなたと友人が自宅にいることは知っていたのですか」

証人「はい」

検察官「リンゼイさんが被告を家に入れた理由について、リンゼイさんがどう感じていたと思いますか?」

○○さんは、まっすぐ裁判長の方を見つめながら答えた。

証人「彼女は人に対して邪険にしない。人を思いやる、大丈夫と思う気持ちをいつも持っていた人ですから」

ここで○○さんへの証人尋問は終了し、20分間の休廷に入った。市橋被告はうなだれたような姿勢のまま、刑務官に促されて退廷した。

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