(5)「何か飲む?」被告は誘われ、部屋に入ったと強調
千葉県市川市のマンションで平成19年、英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=が殺害された事件で、殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第3回公判は、昼の休廷を挟んで再開した。いよいよ市橋被告本人への被告人質問が始まる。
入廷した市橋被告は、出廷しているリンゼイさんの両親に深々と一礼したあと、うつむいたまま着席した。
6人の裁判員らも着席し、堀田真哉裁判長に促されて市橋被告が証言台の席に着く。弁護側からの質問が始まった。
弁護人「あなたは初日の公判で『事件の日に何があったか話すのが義務だ』と話しましたが、覚えていますか」
市橋被告「はい、覚えています」
市橋被告は、法廷に響くほどの大きな声で述べた。弁護側はまず、リンゼイさんと出会うまでの状況について尋ねていく。
弁護人「平成17年3月に千葉大学を卒業しましたね?」
市橋被告「そうです」
弁護人「大学では主に何を学んでいましたか」
市橋被告「主に植物について。公園や広場のデザイン、設計を学びました」
弁護人「卒業後はどういう進路を考えていましたか」
市橋被告「大学と同じ分野で、海外の大学院で学びたいと思っていました」
市橋被告は、一言一言言葉を選ぶようにゆっくりした口調で答えていく。
弁護人「17年の大学卒業から事件の19年3月までについて聞きます。仕事はしていましたか」
市橋被告「していません」
弁護人「収入はどうしていましたか」
市橋被告「親に仕送りをしてもらっていました」
弁護人「留学準備は、具体的にどんなことをしていましたか」
市橋被告「留学に必要なTOEFL(トーフル)テストというものがあり、対策の参考書を使い、英語の勉強をしていました」
ここからリンゼイさんと出会った3月20日夜の話に移っていく。左から2番目の男性裁判員は眉間に手をやり、真剣な表情を崩さない。
弁護人「リンゼイさんを、初めにどこで見かけたんですか」
市橋被告「最寄り駅の(千葉県市川市の東京メトロ)行徳駅の改札前広場で見かけました」
弁護人「見かけて、どう思いましたか」
市橋被告「すれ違った後、数カ月前に私が洗濯機の水漏れを直し、英語の個人レッスンを頼んだ若い白人女性に似ていると思いました」
検察側は、初公判の証拠調べで、リンゼイさんが「洗濯機を直したのは僕です」と市橋被告から話しかけられた、とするリンゼイさんの親友の△△さん(法廷では実名)の証言を明らかにしている。実際に市橋被告が洗濯機の修理を行ったかについては、これまでの公判でも触れられていない。
弁護人「そのときの女性に似ていると思って、どうしましたか」
市橋被告「もしそのときの若い白人女性なら、もう一度レッスンを頼もうと思いました」
弁護人「その後、リンゼイさんはどこに行きましたか」
市橋被告「行徳駅の中に入っていきました」
その後、リンゼイさんの後をついて、西船橋駅で電車を降りた市橋被告。質問は、駅前通りで声をかけた市橋被告とリンゼイさんの対面と会話の内容に迫っていく。
弁護人「何と声をかけたんですか」
市橋被告「『突然、話しかけてすいません。少し話してもいいですか』と言うと、リンゼイさんはうなずいてくれました。私は、リンゼイさんに『私のことを覚えていますか』と尋ねました」
最初の一言こそ力強く答えた市橋被告だったが、その後はたどたどしい返答が目立つ。はなをすする音が響き、声は震えている。涙声のようにも聞こえるが、台本を読み上げているような印象も受ける。
弁護人「英語で話しかけましたか。日本語ですか」
市橋被告「全て英語です」
弁護人「リンゼイさんは何と答えましたか」
市橋被告「『違うと思います』と言いました」
弁護人「それからリンゼイさんはどうしましたか」
市橋被告「自転車に乗って、通りの方に走っていきました」
弁護人「あなたはどうしましたか」
市橋被告「駅の方に歩いてから、リンゼイさんが走った方向と思う方へ走っていきました」
弁護人「リンゼイさんと会えましたか」
市橋被告「団地のような場所の街灯のところで、リンゼイさんが自転車を降りているところを見つけました」
再びリンゼイさんに話しかける市橋被告。リンゼイさんの部屋に上がり込むまでの様子を詳細に答えていく。
弁護人「何と声をかけましたか」
市橋被告「『また怖がらせてごめんなさい。どこ(の国)から来ましたか』と聞きました」
弁護人「リンゼイさんは?」
市橋被告「『イングランドから』と答えていたと思います」
弁護人「他に何か話しましたか」
市橋被告「はい。『私は海外で風景建築、公園設計、広場設計を学びたい。英語を教えてくれませんか。教えてくれれば、もちろんお礼をします』と話しました」
弁護人「それに対してリンゼイさんは何と答えましたか」
市橋被告「リンゼイさんは笑ってくれて、『何か飲む?』と聞いてきてくれました」
リンゼイさんに誘われて部屋に上がった、と説明する市橋被告。リンゼイさんの母、ジュリアさんは口を手で覆い、険しい表情で市橋被告を見つめる。
弁護人「リンゼイさんの部屋には誰がいましたか」
市橋被告「リンゼイさんの他に、若い白人女性2人がいました」
弁護人「歓迎された、と思いましたか」
市橋被告「思いませんでした」
弁護人「部屋に入って、どうしましたか」
市橋被告「絵を描かせてほしい、と言いました」
弁護人「なぜ絵を?」
市橋被告「部屋の雰囲気を和ませたかったので」
弁護人「描かせてくれた人はいましたか」
市橋被告「はい」
弁護人「誰ですか」
市橋被告「リンゼイさんです」
リンゼイさんの絵を描いた後、他の2人には断られたと市橋被告は説明する。
弁護人「描き終わってどうしましたか」
市橋被告「絵に私の名前、電話番号、メールアドレス、日付を書いてリンゼイさんに渡しました」
弁護人「リンゼイさんの反応は?」
市橋被告「受け取ってくれました」
弁護人「リンゼイさんもメールアドレスを教えてくれましたか」
市橋被告「はい」
10〜15分間、部屋で過ごし部屋を出ると、時間は既に深夜で終電はない。市橋被告は西船橋駅に戻り、インターネットカフェで一泊したという。
弁護人「リンゼイさんから連絡先を聞いてどう思いましたか」
市橋被告「うれしかったです。」
弁護人「どうして、うれしいと思いましたか」
市橋被告「リンゼイさんから英語の個人レッスンを受けられるかもしれない、と思ったからです」
初対面を終え、事件を迎えるまでの数日間のやり取りについて、質問が続いていく。