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(6)「リンゼイさんと親密な関係になれたらいいな」被告の言い分に遺族怒り

英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第3回公判で、市橋被告への弁護側の被告人質問が進む。男性弁護士は市橋被告とリンゼイさんがメールで約束した英会話の個人レッスンの内容について確認していく。

弁護人「どういう約束をしたのですか」

市橋被告「日曜日(平成19年3月25日)の午前9時に(東京メトロ)行徳駅前で会って、駅前で1時間のレッスンを受けることになりました」

市橋被告は時折、はなをすすり、ゆっくりとした口調で答えた。

弁護人「25日は何時に起きましたか」

市橋被告「午前8時40分です」

弁護人「(待ち合わせ時間の直前に起きたのには)何か事情があったのですか」

市橋被告「よく寝てませんでした。25日深夜(未明)、私は当時つきあっていた女性と外で会っていました。自分の部屋に戻ったのは朝4時ごろでした。そ…そこから、帰って眠ったので、起きたときが8時40分ごろです。寝坊したのです」

一言一言を区切るようにして話す市橋被告。両手をきつく握りしめ、顔を小刻みに揺らしており、緊張しているようにも見える。

市橋被告は起床してから自転車で行徳駅に向かい、その様子は途中の防犯カメラにも写っているという。弁護人に駅までの所要時間を尋ねられ、「5分もかかっていない」と答えた。駅前には、リンゼイさんが先に到着していたという。

弁護人「リンゼイさんと会ってどうしましたか」

市橋被告「駅前のコーヒーショップに一緒に入りました」

弁護人「どんなレッスンを受けましたか」

市橋被告「私の趣味の話、お互いの好きな映画女優の話、(19)98年の(サッカー)フランスワールドカップの話、(映画化された)ハリーポッターの話を(英語で)しました」

弁護人「レッスン料はコーヒーショップで払いましたか」

市橋被告「いいえ、払っていません」

弁護側は冒頭陳述で、市橋被告は待ち合わせ時間直前に起床したことで慌てたため、レッスン料を持っていくことを忘れたと主張。市橋被告もこの趣旨に沿った返答を行った。一方、検察側は冒頭陳述で強姦目的で『レッスン料を家に忘れた』と口実を使って自宅に誘い込んだと指摘しており、双方の主張は真っ向から対立している。

弁護人「いつ代金を忘れたことに気づきましたか」

市橋被告「コーヒーショップに入って飲み物を注文し、支払うときに財布の中身を見たときです」

弁護人「どうして、そのときに(レッスン料を忘れたことを)言わなかったのですか」

市橋被告「そのときに言ったら、レッスンを受けられなくなるかもしれないし、受けたとしても、レッスンの雰囲気が悪くなると思ったからです」

検察側の後方に座る父親のウィリアムさんは眼鏡を取り出してかけ、市橋被告の顔を見つめる。

弁護人「どうするつもりだったのですか」

市橋被告「レッスンが終わったころにリンゼイさんにお金を忘れたことを謝って、(自宅に)取りにいけばいいと思いました」

弁護人「忘れたことを伝えたとき、リンゼイさんはどんな反応をしていましたか」

市橋被告「リンゼイさんは『それだったら急がなければいけない』と言いました」

これまでの公判で、リンゼイさんが同日午前10時50分から語学学校でレッスンの予定があったことが明らかになっている。2人はコーヒーショップを出た後、タクシーに乗って市橋被告方のマンションに向かっている。

弁護人「タクシーの中でリンゼイさんと会話を交わしましたか」

市橋被告「していません」

弁護人「タクシーはどのあたりに止まりましたか」

市橋被告「マンション前のガソリンスタンドです」

弁護人「タクシー運転手と何か話しましたか」

市橋被告「はい。私がタクシー料金を払った後、運転手に『ここで5、6分待っていてくれませんか』と言いました」

弁護人「あなたはどうするつもりだったのですか」

市橋被告「私は走って自分の部屋に行き、お金を取って戻ってきて、リンゼイさんにレッスン料を渡すつもりでした」

弁護人「運転手の答えは?」

市橋被告「『それはできない』などと言っていました。私は運転手に『それだったら5、6分後にここに来てくれないか』と言いました」

弁護人「運転手は何と答えましたか」

市橋被告「運転手は『ここに電話してくれればいい』と言って、タクシー会社の電話番号が書かれた領収書を渡してきて、行ってしまいました」

弁護側はこのやり取りで、市橋被告が当初から強姦目的で自宅まで連れて行ったわけではないということを訴えたいようだ。

弁護人「タクシーが去ったとき、リンゼイさんは何か言いましたか」

市橋被告「はい。リンゼイさんは『私はどうやって帰ったらいいの?』と言っていました」

弁護人「それで、あなたはどうしたのですか」

市橋被告「マンションに歩いていきました」

市橋被告とリンゼイさんは4階にある市橋被告の部屋に向かうため、エレベーターに乗り込んだ。検察側の冒頭陳述によると、エレベーターでリンゼイさんは、しきりに腕時計を見るなど、時間を気にしていたという。

弁護人「あなたはエレベーター内で何を考えていましたか」

市橋被告は、間を置いてから、たどたどしくしゃべり始めた。

市橋被告「私はタクシーが行ってしまったから、リンゼイさんは仕事に間に合わないと思いました。このままリンゼイさんと親密な関係になれたらいいな、と勝手に思っていました」

「親密な関係」を通訳が訳したとき、検察側の後方に座る母親のジュリアさんは隣のウィリアムさんを見つめ、顔を振りながら怒気をはらんだ表情となった。一方、傍聴人席の最前列に座るリンゼイさんの姉妹も遺影を膝の上に置き、市橋被告の背中に厳しい視線を注いでいた。

弁護人は「ここでいったん休憩を」と求め、堀田真哉裁判長が20分間の休廷を宣言。午後2時半から弁護側の被告人質問が再開される。

⇒(7)「私を殺すつもりね」 抵抗しながらリンゼイさんが発した一言