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(2)「ストーカーじゃない。似顔絵描かせて」 何度もせがまれ根負け

英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第3回公判で、事件当時、リンゼイさんと同居していた外国人女性、○○さん(法廷では実名)への検察側の証人尋問が続く。

男性検察官は平成19年3月21日未明、市橋被告がリンゼイさんの自宅に上がり込み、居座ったときの状況について、通訳を通じて質問した。当時、室内には市橋被告、リンゼイさん、○○さんの他にも、リンゼイさんの友人女性1人がいた。

証人「(市橋被告が)『大学で美術を学んでいる。自分はストーカーではない。英語を教えてもらいたいだけ』と言っていました」

検察官「その他に、市橋被告に頼まれたことはありますか」

証人「私たちの似顔絵を描きたいと言っていました。私たちは『ノー(だめ)』と言いました」

検察官「でも市橋被告はリンゼイさんの似顔絵を描きました。どうしてですか」

証人「何度も『描かせてほしい』と言い、彼女は描かせて早く(市橋被告を)帰らせたいと考えていました」

市橋被告はリンゼイさんの似顔絵を描いた紙に自らの名前、電話番号、メールアドレス、日付を記してリンゼイさんに渡したという。一方、リンゼイさんも自分の連絡先を書いた紙を市橋被告に渡した。

検察官「どうして市橋被告に連絡先を教えたと思いますか」

証人「とにかく彼女は家から彼を帰したいと考えたからだと思います」

検察官「市橋被告はすんなり帰りましたか」

証人「いいえ、家にとどまりたい雰囲気でした。彼女が(市橋被告を)玄関まで送っていき、『ちゃんと帰れる? 帰り方は分かる?』と話していました。彼女が『グッドナイト(おやすみ)』と繰り返し、ようやく(市橋被告は)帰っていきました」

検察官「市橋被告が滞在した時間は?」

証人「20分から30分ぐらいでした」

検察官「リンゼイさんは市橋被告に家にいてほしいと考えていましたか」

証人「いいえ。彼女はしぐさから、リラックスしていないと分かりましたし、(迷惑しているというような)アイコンタクトも送ってきました。(市橋被告に対する)言葉遣いは丁寧でしたが、あくまでも形式的なもので、友達に対するものではありませんでした」

検察官「市橋被告が帰った後、リンゼイさんは何と言っていましたか」

証人「『変わった人だね。気味が悪いね』と言っていました」

向かって右から2番目の男性裁判員は、○○さんの言葉を聞きながら、メモを取る。○○さんは、リンゼイさんが事件に巻き込まれて行方不明になっていた3月26日、リンゼイさんが勤務していた語学学校関係者とともに警察に通報。さらに27日には、リンゼイさんの遺体の身元確認も行っている。

検察官「リンゼイさんはどんな状態でしたか」

証人「遺体は、テーブルの上に横たわっていました。遺体の髪はショートヘアで、彼女はロングヘアだったから、別人だと思って近づきましたが、彼女の遺体でした」

○○さんは、涙声になり始め、涙をぬぐった。

証人「髪が切り取られ、顔はむくんではれ上がり、彼女が徹底的に殴られているのが分かりました。本当にショックでした」

初公判では、リンゼイさんの大量の毛髪が室内のゴミ袋に遺棄されていたことが明らかにされている。検察側の後ろに座るリンゼイさんの母親のジュリアさんは、○○さんの話を聞きながら、ハンカチで目頭を何度もぬぐった。

検察官「今も涙をぬぐっていましたが、4年たった今もショックは大きいですか」

○○さんは、何度もうなずき、「はい」と答えた。

検察官「リンゼイさんはあなたにとってどんな存在でしたか」

証人「とても思いやりのある人でした。他人を大事にする人で、器が大きく、自分自身にも自信を持っていた人でした」

検察官「あなたがリンゼイさんの優しさを感じたエピソードを教えてもらえますか」

ジュリアさんの隣に座る父親のウィリアムさんは生前のまな娘の話を聞き逃すまいと、○○さんを食い入るように見つめる。

証人「私は当時、カナダにボーイフレンドがいましたが、別れるかもめていました。別れることになり、取り乱したとき、彼女は『大丈夫』と慰めてくれました」

ウィリアムさんは一瞬、眉間にしわをよせ、涙をこらえるような表情を見せる。

検察官「事件であなたの生活に変化はありましたか」

証人「はい。予定よりも早く帰国しました。彼女は強い人でした。強いからこそ、他人を信頼できましたが、それがあだとなりました」

ジュリアさんは何度もうなずき、目と鼻をハンカチでぬぐう。

検察官「あなたは大事な人を失いました。市橋被告に、どんな処罰を望みますか」

○○さんは、冷静な声で訴える。

証人「まずは死刑を望みます。死刑にならなくても、二度と社会には出てほしくありません。反省も後悔もしておらず、また同じことを繰り返すと思います」

ここで検察側の証人尋問が終わり、弁護側による質問に移る。○○さんの後方にある被告人席に座る市橋被告は背中をやや丸めて座り、動きを見せなかった。

⇒(3)「気味の悪い、変わった人」 リンゼイさんが語った被告の印象