(9)勇貴被告の犯行時の記憶「知る術なし」と鑑定人
犯行時に体験した事実の「記憶」と、心の中での「思考」。武藤勇貴被告は、それぞれを切り離して考えることが難しい−。これが、牛島定信鑑定人による結論のようだ。検察官は、この点についてさらに突き詰めて質問を重ねる。
検察官「(アスペルガー障害の場合)創作の話と記憶が一緒になりやすいということだが、(鑑定では)どのように切り離したのか?」
鑑定医「繰り返し質問していく中で切り分けていった。だが、入っていけない領域があった。それが(犯行の)惨状の部分だった」
検察官「嫌な記憶に戻りたくないということではないのか?」
鑑定医「繰り返し聞いて、環境を作り直していく上で普通は記憶が出てくるものだが、勇貴被告(の心の記憶)は動かない」
検察官「(刑務所や拘置所など、強制的に自由を阻害される環境下で見られる人格反応の)拘禁反応でも健忘が現れるが?」
鑑定医「それはあるが、拘禁反応はストレスの強いときに現れる。だが、今の(拘置施設の)管理状態の中では拘禁反応ではないと思う」
検察官「勇貴被告は潔癖強迫症ということだが、拘置施設ではストレスにならないのか?」
鑑定医「本人は我慢している側面はあるが、バランスを崩すストレスの強さではない」
検察官の尋問は終わり、弁護人が補足で質問する。
弁護人「(鑑定では犯行時に)別人格が衝動的に突出してきたということだが、犯行は木刀で殴り1時間後にタオルで首を絞め、浴槽に沈めたものだったが、衝動的に突出したのはどの時点だったのか?」
鑑定医「それはわからない」
弁護人「遺体の解体時には別人格になっていたということだが?」
鑑定医「手の込んだ細かい作業は人格がないとできないことだから」
弁護人「浴槽に沈めたときやタオルで首を絞めたときにも別人格が出た可能性はあるのか?」
鑑定医「それはあると思う」
弁護側に続き裁判官と裁判長が質問する。
裁判官「別人格とは突出した感情を基盤としたものか?」
鑑定医「はい。攻撃的感情を持った人格であろうと」
裁判長「公判廷で被告が供述した調書を読んだと思うが、記憶していることと作り話を(勇貴被告が)本人なりに区別しようとしていたと感じたか?」
鑑定医「何とか私(鑑定人)に話を合わせようとかそういう部分があるが、一方で最後まで(合わせた話を)認めないとするものもあった。(話を合わせて)供述をしたようにみえても最後は断定はしていないな、という印象を持った」
裁判長「公判での供述には被告が記憶していることと記憶していないこと…ゆがんだ供述があるのか?」
鑑定医「それもあるし、(記憶や合わせた話が)錯綜(さくそう)して作られた供述の可能性もあると思う」
裁判長「通常は自分が体験した記憶と作った話とでは分けて話せるが?」
鑑定医「(勇貴被告は)完璧に峻別できるかというと疑問がある。あいまいな部分を残している」
裁判長「それは細部(の記憶)についてのことか、それとも全体に渡ってのことか?」
鑑定医「難しいが…細部の記憶はすごいものを持っている。取り調べた警察官の発言の細部まで記憶している。そうした記憶を全体の状況の中で把握して分かっているのかは疑問。全体を判断して話す意識が希薄している」
裁判長「すると、勇貴被告がどこまで犯行当時を記憶しているのかを確実に知る術はない?」
鑑定医「と思う。時間をかけてゆっくりと気持ちを開くしかないと思う」
裁判長「殺害時のことは逆行性の健忘ということか?」
鑑定医「はい、推測ですが」