(6)「振り向くと血だらけの男が立っていた」…母が目撃した被告、届かなかった悲痛な叫び
耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=へのストーカー行為の末、江尻さんら2人を殺害したとして、殺人などの罪に問われている元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判は検察側の証拠調べが行われている。男性検察官による江尻さんの傷や死因についての詳細な説明が続く。
検察官「医師によると、顔面と頸(けい)部の22個の傷以外にも左親指に防御創とみられる皮下出血があります」
「刃物は少なくとも16回以上刺していて、顔面が3回、頭部が1回、頸部が12回…」
江尻さんは抵抗しながらも、林被告に22カ所も執拗(しつよう)に刺されたようだ。凄惨(せいさん)な犯行の様子がうかがわれる。
検察官「医師によると、美保さんの死因は気管を切断されたことによる窒息と失血による低酸素脳症によるもので、首の前の刺し傷が死因となったと結論づけられています」
「死因となった傷は、首の前の長さ約6センチ、幅約3センチ、深さ約7センチの刺し傷でした」
この傷は首の気管を切断し、食道の手前まで達していたという。
検察官「ここで顔面の切り傷の写真をモニターに表示します」
裁判員の前の小型モニターに、白黒加工された美保さんの傷の写真が映し出されたようだ。向かって右から2番目の女性裁判員がそっと顔を背けた。眉間(みけん)にしわを寄せる裁判員もいる。
検察官「美保さんは頸部損傷により、気管が断裂して窒息し、出血性ショックの状態になり、少なくとも46分間心拍停止の状態にありました」
改めて丁寧に死因の説明をした後、検察官は凶器の説明に移った。
大型モニターに3つの凶器の写真が映しだされる。
検察官「ハンマーは全長26センチ、柄の長さ14・5センチ、重量367グラムで血液様のものがついていました」
「果物ナイフは全長18・5センチ、刃の長さ9・5センチ、根本から曲がっていて、血液様のものがついていました」
「ペティナイフは全長23センチ、刃の長さ13センチ、血液様のものがついていました」
すべての凶器の形状を述べ終わると、検察官は透明のケースに入った凶器を取り出し、裁判員一人一人にゆっくりと見せて歩いた。
裁判員は一様にじっと凶器を目で追っている。林被告は瞬きを繰り返すだけで微動だにしない。
裁判長「その証拠は提出できますか」
検察官「はい」」
若園敦雄裁判長はここでいったん20分の休廷を告げた。
予定より10分遅れ、30分の休廷を挟んだ午後2時半、審理が再開した。女性検察官による、江尻さんの母、美芳(みよし)さんの供述調書の朗読から始まるようだ。
検察官「供述調書は事件後の8月3日に作成したものです」
最初に江尻さんが祖母、母、父、兄の5人家族であったこと、美保さんが腰を痛めて働いていた東京・浅草の和菓子店を辞め、秋葉原の耳かき店で働き始めた経緯が説明された。
そして母親の供述調書は次第に江尻さんと林被告の接点部分に及ぶ。
検察官「事件の2週間前、夜遅くに帰宅した美保が『店の客で30歳くらいの男の人に告白されたのを断ったら、ストーカーのように付きまとうようになった』と言いました。『警察官に送ってもらうようになった』と言っていたのですが心配でした」
江尻さんは事件前から母親に林被告のことを相談していた。
検察官「美保は『その人は千葉に住んでいるから遅い方が付きまとわれなくてすむ。店長や系列店の人が自宅まで送ってくれる』と話していたので少しは安心しましたがやはり心配でした」
江尻さんは警察官や店長など周囲の人に林被告のストーカー行為を相談し、自宅まで送ってもらうなど対処しようとしていたようだ。
検察官「事件の2日前、(昨年)8月1日午後11時半ごろ、美保の帰りが遅いので通りに出てみると、50メートルほど離れたところで白っぽいシャツを着て、カバンを斜めにかけた男がいました。自転車に乗って通るフリをして近づいたら男はいなくなりました」
江尻さんの自宅前では母も不審な男の姿を目撃していた。
検察官「自宅に戻って美保に電話をしたら、『いま秋葉原にいる。カバンを斜めがけしているのならそう(林被告)かもしれない』といって電話は切れました」
その夜江尻さんは働いていた店の系列店の人と午前0時半に帰宅。警察にはこの件に関して相談をしていなかったという。
供述調書の朗読は事件当日の状況に移る。母の自筆の自宅見取り図が法廷内に設置された大型モニターに映し出された。
検察官「事件当日(昨年8月3日)の午前9時ごろ、男性とも女性ともつかない押し殺したような、でも耳に届く大きな声を聞いて目を覚ましました」
「寝ていた部屋の外に出て階段の方に歩くと、人の気配を感じました。振り向くと血だらけの男が立っていたことに驚き、転んで、また立ち上がって階段へ向かいました」
鈴木さんを襲い、返り血を浴びた林被告が美芳さんの寝室の前に立っていたという。
検察官「ただならぬことが起きたと思って階段を降りました。冷蔵庫の前に母が倒れていたので家の外に出て、なんと叫んだかは覚えていませんが、助けを求める行動に出たと思います」
江尻さんはその間に林被告に襲われた。『やめて』という必死の叫びも林被告の耳には入らなかった。
裁判員たちは真剣な表情で検察官の朗読を聞いている。朗読は江尻さんの兄の供述調書に入った。