第16回公判(2012.2.6)
(5)意識喪失は「木嶋被告がいるときばかり」
首都圏の連続殺人事件で練炭自殺に見せかけ男性3人を殺害したとして、殺人などの罪に問われた木嶋佳苗被告(37)に対する裁判員裁判。さいたま地裁で開かれた第16回公判は千葉県野田市の安藤建三さん=当時(80)=の長男に対する検察側の証人尋問が続いている。
長男の証言などによると、安藤さんは木嶋被告と知り合って、4カ月が経過した平成20年10、12月、翌21年3、4月の計4回、宿泊先のホテルや自宅で意識を失うなどしている。
検察側の質問は木嶋被告と安藤さんのメールのやり取りに移った。
検察官「3月23日、お父さんは木嶋被告に対し『苦しいときの援助は分かるが、(木嶋被告が受けている)金融機関の融資は木嶋さんの借金で、(私には)関係ない。(私が)知らない人に利子を払う必要はなく、(私への)返済について法的手続きを取ります』という趣旨のメールを送っていますが」
証人「(私は)知りませんでした」
検察官「では、次に3月24日、木嶋被告がお父さんに送ったメールです。『(旅行先が)長崎ではなく京都ということなので、今年中に実現したいですね』。京都旅行というのは?」
証人「木嶋被告と行くとは聞いていませんが、4月に父が受けた定期検診の際、医師に『夏ごろに京都旅行に行っても大丈夫ですか』と尋ねていたのは覚えています」
安藤さんの長男はその後、21年4月17日に安藤さんが体調を崩した状況について証言。3月の意識喪失時と同様、普段生活する8畳間ではなく、隣の4畳半のベッドの上で意識を失っていた。ベッドは亡くなった安藤さんの妻の介護に使われていたものだ。
検察官「(意識喪失について)なにか思い当たる点はありますか」
証人「後になって(考えると)、(意識喪失したのは)木嶋被告と会ったときばかりだ、と思いました」
続いて、事件があった21年5月15日直前の安藤さんの状況について、長男は「部屋の模様替えや、京都旅行を楽しみにしていた」と証言。部屋の畳替えは5月15、16日の予定で、安藤さんは新しく窓に付けるカーテンまで注文していたという。
事件当日の朝についての証言が始まった。安藤さんの長男は「(出かけに)行ってくるよ」と声をかけたところ、「おう」と返事があったことを明かし、亡くなることは「全く想像していなかった」と話した。
木嶋被告は21年5月15日午前、安藤さん宅で安藤さんに睡眠導入剤を飲ませて眠らせ、こんろを使って練炭に火をつけ、午後0時55分ごろに一酸化炭素中毒とやけどにより死亡させたとして起訴された。この事件で安藤さん宅は全焼している。
検察官「火事を知ったいきさつは?」
証人「大家さんの妻から電話があり、午後1時ごろに知りました。会社で仕事を始めたころでした。帰ってきた時点ではすでに消火されていました」
検察官「どう思いましたか」
証人「こんなに燃えたか、と。よそに燃え移らなくて良かったと思いました」
検察官「4畳半の部屋に安藤さんは普段いましたか」
証人「いません」
検察官「疑問に思いましたか」
証人「おかしい、と思いました」
検察官「お父さんが亡くなったとき、どう思いましたか」
証人「亡くなったときには父のことはすぐに考えられませんでした。周囲に影響が出ず、ほっとしました。父のことを考えたのはずっと後になってからです」
検察側は安藤さんの遺体が見つかった4畳半の部屋について、普段使用していなかったことを強調したいようだ。長男は「ベッドがあった4畳半は物置で、意識を失っていた3、4月の2回しかベッドでは見ていない」と証言した。
検察側は現場の見取り図を法廷内に設置された画面に映し出し、質問を続ける。
長男の証言によると、安藤さんは普段は隣の8畳間で生活。食事のほか、テレビを見たり、パソコンをしたり、生活のほとんどは部屋の中心に置かれたこたつで行われていた。こたつの中に敷いた布団で眠っていたという。
証人「4畳半の部屋には使っていない布団や段ボール箱、プラスチックの衣装ケース、衣類のラックがありました。4畳半の部屋は真ん中に通路があるだけで荷物がいっぱいでした」
検察官「4畳半の部屋を掃除したことは?」
証人「ありません」
検察官「20年10月以降、お父さんの様子を見ていて、掃除された形跡はありますか」
証人「ありません」
検察官「木嶋被告は掃除していたと主張していますが」
証人「かなり汚れていたので、掃除していれば分かります」
安藤さんの長男は、弁護側が安藤さん宅を訪れていた理由として挙げた「掃除や食事の準備」のうち、「掃除」を否定。さらに、長男は5月15日に予定されていた畳替えに合わせ、安藤さんが前日に荷物を4畳半の部屋に運び入れていた可能性を指摘した。
検察側は事件後、4畳半の部屋から見つかったこんろと練炭について質問する。
長男は「見たことがなく、話を聞いたこともない」とした上で、「使う必要もなく、料理はガスコンロでしていた」と説明した。
検察官「暖を取るためにこんろを使った可能性は?」
証人「エアコンとストーブがあり、ほぼこたつに入っていた」
検察官「睡眠薬は?」
証人「使っていないと思います。不眠もありません」
長男は「昼に寝ても夜に寝てもよい生活だった」と説明。安藤さんの遺体の司法解剖で検出された睡眠薬の成分についても「心当たりはない」とした。
検察官「(事件翌日の)5月16日、木嶋被告と電話しましたか」
証人「はい、木嶋被告からかかってきました。『お父さんと連絡が取れない。何かありましたか』と。火災があり、父が死んだことを伝えました」
検察官「木嶋被告は何か言っていましたか」
証人「木嶋被告が何かの学校に行くということで、ボランティアを辞めたい、と。父が出会い系サイトの支払いで困っていたので、支払いを立て替えた、と言っていました」
検察官「いくら貸した、と」
証人「一度にではないでですが、合計で100万円。父に振り込んで(返して)もらったと言っていました」
検察官「いつ振り込みがあったと?」
証人「火災当日だったと思います。100万円と言っていました」
検察官「木嶋被告は安藤さんの口座から100万円を振り込んでいるのですが」
証人「『いただきました』ということだと思います」
検察官「お父さんは(木嶋被告から)100万円も借りるほど生活に困っていましたか」
証人「いえ、困っていません。2カ月で26万円を自分(のため)に使っていましたから」
検察官「家賃や光熱費は誰が払っていましたか」
証人「自分です」
検察側は、年金の計算ミスで、補正年金180万円が事件当日に入金されたことを長男に確認した。
証人「20年12月末に意識を失い、病院から帰る際に『(180万円のうち)100万円は取っておくから葬式代にでも充ててくれ』と父から言われていました」
検察官「以上です。何か言いたいことはありますか」
証人「ありません」
検察側の安藤さんの長男に対する主尋問が終了。10分間の休憩に入った。