第7回公判(2010.9.14)
(1)「死人に口なしと、死者に責任なすりつける」被告の“身勝手”を断罪する検察
合成麻薬MDMAを一緒に飲んで容体が急変した飲食店従業員、田中香織さん=当時(30)=を放置し死亡させたとして、保護責任者遺棄致死など4つの罪に問われた元俳優、押尾学被告(32)の裁判員裁判の第7回公判が14日、東京地裁(山口裕之裁判長)で始まった。検察側の論告求刑と弁護側の最終弁論が行われ、結審する。
押尾被告は13日の被告人質問で「私は田中さんを見殺しにしていない」と保護責任者遺棄致死罪について改めて無罪を主張した。検察側の求刑後、押尾被告は“大舞台”の最後にいったい何を語るのだろうか。
押尾被告は被告人質問で、「田中さんが持ってきた新作のMDMAを2人で使った」として、田中さんへのMDMA譲渡も否定。歯を食いしばって倒れるなど、田中さんの容体が急変したため「『まずい』と思って人工呼吸と心臓マッサージを行ったが、生き返らなかった」と振り返った。
まるで映画のセリフさながらに身ぶりを加えながら状況を証言していった押尾被告。119番通報しなかった理由については、「(田中さんが)もう亡くなっていたので、薬を抜くのを優先した。薬物使用が発覚するのを恐れていた」と話した。
法廷はこれまで同様に東京地裁最大の104号。午前10時、山口裁判長の指示で押尾被告が軽く一礼して向かって左側の扉から入ってきた。弁護人側の席まで来ると、後ろに座る弁護人に対して軽く2回うなずくしぐさを見せ、弁護人の右隣に座った。長い髪に前回までと同じ黒いスーツに白のシャツ姿だ。
その後、これまでの公判でのやり取りを書き留めてきたノートを開いた。ノートは表紙が使い古されたようにたわみ、中は大小さまざまな字に埋め尽くされていた。裁判員6人が入廷した。
裁判長「それでは開廷します。論告と最終弁論でいいですね。それではどうぞ」
10時2分、山口裁判長が開廷を告げた。裁判所事務員によって論告の資料が裁判員らに配られるが、傍聴席からは見えない。男性検察官がゆっくりした口調で話し始めた。
検察官「それではこの事件に関する検察側の意見を述べます。いずれも証拠により、証明十分に立証されています。以下、意見を述べます」
検察官は「手元のメモに沿った形で述べていきます」と前置きし、続けた。
検察官「まず、第一。田中さんが被告から譲渡されたMDMAを服用したことは明らかです。『来たらすぐいる?』と被告のメールはMDMAが欲しいかという問いかけで、田中さんの『いるっ』との返信は欲しいことを意味しています」
「被告はドラッグセックスに使うつもりで持ってきたもので、実際にドラッグセックスに及んでいます。被告はこれまでも薬物を服用させ、セックスに及ぶ性癖を持っていました」
検察官は、田中さんが知人に身ぶりを交えながらMDMAの隠語である「エクスタシーを飲まされた」と告白していた点をつけ加えた。
検察官「『すぐいる?』とのやり取りの後、田中さんが部屋に来てすぐにやったことはMDMAを飲んだことで、セックスに及んだのは1時間以上もたってからでした」
検察官は、さらに田中さんに服用させたMDMAを押尾被告に譲り渡したとして実刑が確定した泉田勇介受刑者(32)に昨年7月30日に依頼し、同31日に入手した点に言及。続いて事件当日に2人が服用したのは「田中さんが用意したMDMAだった」との弁護側の主張に反論を加えていく。
検察官「弁護側は、田中さんもMDMAを手に入れることができた。当日飲んだのは粉末だった。『すぐいる?』というやり取りは男女間の言葉遊びだったと主張しますが、いずれも論理のすり替えにすぎません」
「まさに死人に口なしと、死人に責任をなすりつけるものです」
検察官は語気を強めた。押尾被告はまっすぐ裁判官の側を見据え、微動だにしない。裁判員らはいずれも資料に目を落とし、うつむいたままだ。
検察官「泉田さんは、被告に譲り渡したのは錠剤だったと、この公判でも詳細に証言しています。被告はそれを泉田さんに持ってきてもらったカプセルに詰めて飲みました。被告はこの公判でも『MDMAは苦かった』と述べています。苦さを避けて粉末にして飲んだのです」
次に「すぐいる?」とのメールのやり取りは、「すぐセックスしたいか聞いた」との弁護側の主張に反論していく。
検察官「弁解自体、荒唐無稽(むけい)で苦し紛れというほかありません」
「被告は現場に駆け付けた知人らにメールは『ちんこほしいかという意味だといえばいいか』と相談していますが、弁護側の言うとおりなら、この相談自体いらないはずです」
次に「泉田証言は信用できない」との弁護側の主張にも反論を加える。
検察官「泉田さんの証言は体験したものでしか語れない内容で、別の証人の証言とも符合します」
「泉田さんは当初、否認していましたが、田中さんの死につながったという事態の重大さから証言しました。被告に『証言した思いを理解してもらいたい』とも述べています。既に刑に服しており、虚偽の証言をする必要もありません」
検察官はゆっくりした口調で述べていく。押尾被告は検察官には目もくれず、背筋を伸ばし、まっすぐ裁判席を見つめている。