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(6)小学校高学年までおねしょ 「おむつはかされ屈辱的だった」

加藤智大(ともひろ)被告(27)に対する弁護側の質問が続く。女性弁護人は加藤被告がパソコンを親に買い与えられた経緯について尋ねる。加藤被告はこれまで「パソコンを買ってもらわされた」と説明をしていた。

弁護人「『欲しくない』といえばよかったんじゃないですか」

加藤被告「母親としては買ってやりたかったので、それを否定しては怒られると思いました」

弁護人「小学生のとき中耳炎になりましたね?」

加藤被告「『耳が痛い』と母親に訴えましたが、『痛いふりをしている』といわれて取り合ってもらえませんでした。自分が痛がっている横で、母親と父親と弟が食事をしていました」

加藤被告はその後病院に行き、中耳炎と診断されたことが判明した。女性弁護人は質問をガラリと変える。

弁護人「大きくなるまで、おねしょをしていましたね?」

加藤被告「はい。小学校高学年のころまで」

弁護人「母親に何か言われたことはありますか?」

加藤被告「『何でおねしょをするの』と怒られ、オムツをはかされました」

女性弁護人の手によって過去が赤裸々に明かされていく。加藤被告は動じた様子もなく、背筋を伸ばして明瞭(めいりょう)に答える。

弁護人「どんな気持ちでしたか」

加藤被告「屈辱的でした」

弁護人「オムツはどんなものでしたか」

加藤被告「布のものでした」

弁護人「赤ちゃんがはくようなものですか」

加藤被告「そういうものです」

弁護人「洗濯しましたか」

加藤被告「はい。わざわざ外の物干しざおに干され、さらし者にされました」

女性弁護人は加藤被告の横顔を見つめながら、質問を続ける。

弁護人「屈辱的でしたか」

加藤被告「はい」

弁護人「勉強やスポーツで優等生だったようですが、学校生活はどうでしたか」

加藤被告「家にいるよりはマシでした。勉強は嫌いでした」

弁護人「成績は良かったんじゃないですか」

加藤被告「母親に無理やり、勉強をさせられていました」

弁護人「良い点を取って楽しくなかったですか」

加藤被告「それはなかったです。テストは100点を取って当たり前で、95点を取ったら怒られました」

弁護人「絵がコンクールに入賞したり、詩や作文が評価されていましたね?」

加藤被告「形式上はそういうことがありました」

独特な言い回しで答える加藤被告。女性弁護人が「形式上」の意味を尋ねると、加藤被告は淡々と答え始める。

加藤被告「私が書いたものではなく、母親が手を入れたり、母親がほとんどやったりして、私の名前で出しました」

弁護人「お母さんが書いたのですか」

加藤被告「夏休みには私が最初にやるのですが、母親が手を入れていき、私のものではなくなっていくということがよくありました」

弁護人「作品が評価されても、自分が評価されていると感じなかったのですか」

加藤被告「はい」

弁護人「将来の進路について言われたことはありますか」

加藤被告「小学校低学年のときから、北海道大学の工学部に行くよう言われていました」

弁護人「中学、高校についてはどうですか」

加藤被告「北海道大学に行くことが大前提で、中学のころは青森高校、県内トップクラスの進学校に行くことが当然という空気でした」

弁護人「自分では『どうしたい』という希望はありましたか」

加藤被告「車が好きだったので、車関係の仕事を考えていました」

弁護人は加藤被告が小学校時代に足が速いと評価されていたことに質問を移すが、加藤被告は自虐的とも受け取れる発言をした。

加藤被告「学校のイベントで自分だけが一生懸命やり、一番になった。そして陸上部に入って練習して、足が速くなっていった」

弁護人「もともと得意ではなく、みんなが手を抜いたということですか」

加藤被告「はい。そういうことです」

弁護人「好きなスポーツは?」

加藤被告「小学生のときは陸上部ではなく、野球部と考えていました。小さいころ、近所のお兄さんと草野球をやっていたから、野球に興味がありました。みんなで1つのスポーツをやることにあこがれていました」

弁護人「それでも野球部に入らなかったのですか?」

加藤被告「母親に『入りたい』と言いましたが、『ダメ』の一点張りでした。理由は説明されなかったので、分かりませんでした」

弁護人「今から思えば、なぜだと?」

加藤被告「小さいころから野球を(本格的に)やっている子に交じっても、レギュラーになれないと思ったからでは」

弁護人「お母さんは外から評価を受けさせたいと思ったのでしょうか」

加藤被告「はい」

正面を見据えながら答える加藤被告。弁護側は被告人質問を通じて、加藤被告の人格形成に母親の教育が強い影響を与えたことを浮き彫りにしたいようだ。

弁護人「小学校には制服がありましたか」

加藤被告「私服でした」

弁護人「服を自分で選びましたか」

加藤被告「母親が前の日に選びました」

弁護人「自分で選んだことはありますか」

加藤被告「選ぼうとしたことはありました。母親は着ていく服を私の部屋にあるタンスの上に置くのですが、あるとき、私は自分で選んでそこに置きました。母親はそれを無言で床に投げ捨てました」

弁護人「(母親は)どうしてそんなことをしたのですか」

加藤被告「最初は服の組み合わせがダメだと思いました。別の組み合わせを試したのですが、何度(服を)置いても投げ捨てられました。結局、『自分が着たい服はダメ』と言いたかったのでしょう」

進路、部活、通学服。着せ替え人形のような幼少期を過ごした加藤被告はいま、黒いスーツ姿で証言台に座り、微動だにせずに答えていた。

⇒(7)「中学時代付き合ったのは2人」と“恋愛遍歴”も 母親「やめないと転校させる」